今は亡き最初の夫と結婚するまで、私は某銀行に勤めていた。
その銀行は、配属された支店で1年後方事務を経験し、2年目からは窓口に出るという仕組みだった。
ご多聞に漏れず私も窓口担当になった。それも、出納担当になった。
出納担当とは、その銀行内にある金庫室のカギを唯一、使用できる、役付以外の社員である。
初めて億という現金を見たとき、とても冷めた気持ちになった。
「これが人の人生を狂わすもの」か・・・。
「人ってみんなこの紙切れのために働いてるんだな・・・」
そう思った。
いつも支店内に出す現金はだいたい決まっている。
金庫室にある現金を全て出すわけではない。
入社2年目。
私は銀行強盗に遭った。
それは暑い盆の時期のことだった。
盆は客が少ない。皆、休暇を利用してどこかへ行くからなのか・・・。
それでも私たち行員にも順番で7日連休は貰えていたので、特に何の不足もなく仕事をしていた。
8月某日。
いつものように窓口に座り、書類を仕上げていると正面自動ドアからフルフェイスのメットをかぶったままの長身の男性が来た。
手には何かを持っている。ペットボトルだ。
その時点で、特に怪しいとは思わなかった。
「いらっしゃいませ^^」
男は私の方へ直進してきて、
「金出せ」
と言った。
もう・・・随分と気の短い客だな・・・と思いながらも、
「番号札を取って通帳と印鑑をご用意ください」
と促した。
すると男は
「いいから100万出せ!」
と言う。
まだ私はそれを強盗だとは思わない。←アホ過ぎw
「あの・・・通帳と御印鑑をお願いします^^」
ついにキレた男が
「いいから金を出せ!今から10数える間に100万出さなかったらこれで火を付けるぞ!」
と、男はカウントダウンを始めた。
「10・・9・・8・・7・・」
後に分かったのだが、この段階で既に後方席の次長は強盗だと気づき、防犯ブザーを押していたらしい。
セコム直通ではない。警察直通である。
当の私はだ、特に怖がることもなく、
「もしかしてこれ強盗?」
とやっと思い始めていた。遅いww
そして男は手に持っていたペットボトルの中の液体を、私の方へ向けてかけてきた。
少量の液体が私の制服にかかったが、そのうちの殆どはコンピューターのキーボードとデスクにかかった。
そして男が着火マンのようなものでカチッとした瞬間、火柱が天井に届くまで上った。
一瞬の出来事だった。
幸いにも、私の制服には引火しなかった。セ~フ・・・!
ふと後ろを見ると次長がひきつった顔をしており、私を庇おうとしている。
「もうすぐ警察がくる。後ろに行っていなさい」
本当にたまたまだが、滅多に支店にはいない支店長もその日はいた。
支店長は逃げ行く犯人を、カラーボールを持って追いかけて行った。
モクモクと煙が充満する。
本来なら、もっと人数がいる支店だったが、夏季休暇中だったこと、暇なシーズンであったことから、
最少人数で回転させていた日であり、そのとき支店内には私を含めたった7人しかいなかった。
お客様から預かっていた公共料金の支払表が燃えている・・・
愛用の電卓も燃えている・・・
高かったのに・・・
あぁ・・・いつも来てくれるおばあちゃんが私にくれたハンカチも燃えている・・・
その時やっと少しだけ気が動転したように記憶している。
走って犯人を追いかけて行った支店長が戻ってきた。
同時にパトカーも数台来た。
「おい、早く金庫室に逃げろ!」
と支店長が大声で叫んだが、その場から動けなかった。
怖かったのではない、兎に角、眩暈が酷かった。煙のせいだろう。
見かねた支店長は私を抱えて裏へ逃げてくれた。
気を失ったりなどはしなかった。大きな怪我もなかった。