戸建住宅を建てる前は、道路をたった一つ挟んだ場所の事務所兼独身寮の独身寮の部分に住まわせてもらっていた。

 

主婦というものは時間を問わず何かしらやることがある。

 

米が無い・・・  私のバカ・・・

 

「ごめん、お米が無くなったからちょっと倉庫に取りに行ってくる」

 

と言い、米袋を抱えて会社の倉庫へ歩いた。

 

毎年、夫の田舎からそれはそれは美味しいコシヒカリが届く。(魚沼産ではないが、負けず劣らず美味しい)

 

それを、米用の冷蔵庫に大量保存してあるのである。

 

私たちはそこから玄米を必要な分だけもらって頂くという何とも贅沢なことをさせてもらっているのだ。

 

「あらかじめ米ぐらい取りに行っておけよ・・・。こんな夜中にわざわざ米なんか取りに行かなくてもいいだろ」

 

「そうよねぇ・・・でも明日の朝分が無いからやっぱり行ってくるわ」

 

 

 

倉庫は会社の奥にある。

 

防犯カメラもついているし、センサーライトもついている。どうってことない。

 

米袋に米を5キロ程度入れて、抱えて自宅へ戻る途中、後方から足音が聞こえる。

 

なんとなく振り向くのが怖い。

 

少し速足で帰ろう。

 

私が速度を速めると、足音も速足になる。

 

これヤバいんじゃない?・・・いやいや、自意識過剰だわ・・・自宅まであと少しだし、走ろうっと。

 

いざ、ダッシュ。

 

と・・・

 

 

 

後方の足音もものすごい速さで走ってくる。

 

その瞬間、

 

後方から何者かに羽交い締めされ、

 

「脱げ。脱がないと殺すぞ」

 

と言う。

 

男の声だった。

 

声も出ず、ただ腰を抜かすというマヌケな自分。

 

羽交い絞めにされているため、相手の顔も確認出来ない。

 

でも、意外と冷静だ。

 

もう一人の自分が、今起こっている事態をまるで傍観しているかのように、

 

あぁ・・・わたし殺されるのか・・・

 

え?殺されるの?子供たちに渡すものがある!!

 

そう思った瞬間から恐怖でいっぱいになった。

 

でも声が出ない。

 

すると、ご近所の有名婆ちゃんAさんがのっそりと道路に出て来た。

 

神のタイミング!!!

 

「あ~ら、はるちゃん!誰だ?それ。」

 

誰だ?じゃない><助けて・・・

 

今となって思うが、A婆ちゃんは私が他所の男と抱き合っているようにでも見えたのだろうか・・・

 

謎過ぎる声の掛けられた方だった。

 

でも、そのおかげでA婆ちゃんを見た男は猛ダッシュで逃げて行った。

 

逃走する姿をやっと確認すると、小柄な男性だった。若いのかもしれない。いや、あの走り方は若いに違いない。

 

私が地べたにへたり込んでいると、ご近所のA婆ちゃんがマイペースにうちの玄関の前まで行き、インターホンを鳴らしている。

 

「おーい、あんたのところの嫁がこけとるぞーい」

(΄◞ิ౪◟ิ‵) 

 

家からヒロシが出てきて、私を見つけて走ってくる。

 

あぁ・・・フォルムが・・・・信楽焼のタヌキだわ・・・タヌキが来る・・・

 

イケメンが走って来るっていう脳内変換が上手くいかない。

 

「転んだのか?」

 

「いや・・・変な人に後ろから抱き付かれて・・・。」

 

「は?どこ行った?」

 

「あっち・・・走って行った」

 

 

 

ヒロシ、猛ダッシュで走って追いかけて行った。

 

これぞヒロシの底力である。

 

あんなスピードで走るヒロシを私は初めて見た。

 

ところでご近所のA婆ちゃんは鼻歌を歌いながら自宅に向かって歩いて帰っている。

 

この人、ほんとにあの世からの遣いなのでは?タイミング凄すぎるし、樹木希林さんを彷彿させる何かがある。

 

そんなことを考えていた。

 

そうこうしているとポケットでスマホが鳴る。

 

 

 

 

ヒロシからだ。

 

 

なに?捕まえてくれたの???

 

え???

 

 

慌ててスマホに出ると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり走ってぎっくり腰になったっぽい。救急車呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

えええええええええ

( ´゚д゚`)

 

 

 

 

 

 

 

どうしてもこうしてもイケメン男子になれないヒロシなのです。