関西山行三日目、6:00に起床して目覚まし代わりにスパに入浴。
サービスの朝食後、再度ゆったりと入浴してスッキリしました。
【12/7、三宮阪急駅-芦屋川駅-六甲山-有馬温泉駅-三宮駅-新宿駅-昭島駅】
8:30にホテルを出発し、三宮阪急駅から電車で登山口の芦屋川駅に移動。
今日は高低差900m、5時間のハイキングです。

快晴で土曜日の駅前は登山者で一杯でした。9:15に芦屋川駅前-33mを出発。


案内板や先行者を見ながら芦屋の住宅地を登っていきます。

山林の舗装道路になりました。 今日は深夜パスまで時間が余るためユックリと歩きます。

高座の滝への分岐点です。

9:40に高座の滝-200mに到着。側の護摩堂で登山の安全を祈りました。

昔は修行場だったという高座の滝です。


ここから「ロックガーデン」への急な登山道になりました。

登山家・藤木九三が名付けた「ロックガーデン」のルートは結構な岩場でした。

西洋式の登山としては、1874年に、ガウランド、アトキンソン、サトウの三人の外国人パーティが、ピッケルと
ナーゲルを用いたいわゆる近代登山を日本で初めて六甲山で行った。ガウランドは1881年に槍ヶ岳と前穂高岳
に登山して「日本アルプス」を命名した人物で、サトウは富士山に最初に登った外国人としても知られる。

大阪湾が見えてきました。

岩場の渋滞を避けながらゆっくりと登ります。危険はありません。

1910年には日本初の社会人山岳会である神戸徒歩会が結成された。また1924年にヨーロッパ帰りの
藤木九三らによって結成されたロック・クライミング・クラブ (RCC) は岩山である六甲山を活動の場として、
日本の登山界に初めてロッククライミングを紹介する役割を果たした。加藤文太郎も所属した山岳会である。

次に目指すは風吹岩ですが、鉄塔の当りでしょうか。

背後に広がる大阪湾が朝日に輝いています。

山肌に白い岩場が目立ちます。風吹岩もどきが何箇所かありました。

樹林帯に入りましたが、岩場のような道が続きます。

10:20に本当の風吹岩-447mに到着。


二匹の太目の猫が風吹岩に住み付いているようです。


緩やかな登山道になり、5分程で横ノ池に到着。

池を一周してみました。
池との分岐点まで戻り、六甲山の最高峰を目指します。

ゴルフ場近くに鹿除けのゲートがありました。


中程の斜面が続きます。


11:20に雨ヶ峠-600mに到着。大勢の登山者が休憩中。

ここから100m程を下って本庄橋跡に向います。

小さな沢を通過。飲み水には適さないようです。

11:40に本庄橋跡-560mを通過。


ここから急登になりましたが、すぐに緩やかになり左折して沢に出ました。

沢から高低差300mの急坂に入りました。

徐々に右手斜面への緩やかな道になりました。

最後の階段道を登って一軒茶屋に出ます。

12:15に一軒茶屋-880mに到着。冷たい風が吹き抜けています。

一軒茶屋の石碑
江戸時代までの登山は 山を『ご神体』として山頂を訪れる信仰登山が多かったが、六甲山にはそのような
大きな信仰対象は無かった。しかし山の北側には有馬温泉があり、海岸の漁港から温泉街に新鮮な魚を
運ぶための「魚屋道(ととやみち)」が山頂のすぐ横を通っていた。魚屋道の休憩所として山頂近くに
「一軒茶屋」があって、現在でも登山者の憩いの場として営業している。

トイレに立寄り、一枚重ね着してから最高峰に向います。

電波塔の奥に最高峰がありました。

12:25に300名山・六甲山-931mに到着。

六甲山(ろっこうさん)は、兵庫県南東部、神戸市の市街地の西から北にかけて位置する山塊。
瀬戸内海国立公園の区域に指定されており、また日本三百名山、ふるさと兵庫50山の一つである。
一般に「六甲山」は大小の山を含む六甲山系全域(狭義には中央部から東部)を指し、最高峰は特に六甲
(山)最高峰と称される。山域は神戸市の他、芦屋市、西宮市、宝塚市に属す。

ゆっくりと昼食を摂りながら大阪平野の展望を楽しみました。


六甲山上からの眺望は開けた景色を望むことができ、西の明石海峡大橋や淡路島や播磨平野、その海岸
線に迫る六甲山系が見てとれ、南には金剛山や泉州地域の海岸線、紀伊水道の友ヶ島なども望める。
東には生駒山や大阪(阪神)平野一帯の眺望が可能で、淀川や大阪市内もはっきりと見ることができる。
空気が澄んでいればさらに遠く四国、中国山地や丹波高地、紀伊半島の紀伊山地の山並みまで見ることが
できる。 また直下には神戸の市街地や臨海地帯が迫って見えることもあり、その山上からの高低差とスケール
感のある広角な視界が得られることにより大変みはらしの良い眺望が可能で、多くの観光客が訪れるスポット。

下界を見下ろせる所々には展望台が設置されており六甲山から見下ろす夜景は日本三大夜景の一つとされ、
今では「神戸1000万ドルの夜景」と称されており、それは一帯の電気使用量からはじかれたものとされている。
賑わう山頂を後にして13:00に有馬温泉側に魚屋道(ととやみち)を下ります。

古くから使われてきた横断路である。阪神側から有馬温泉へと抜ける最短の道であり、温泉街へ
瀬戸内海の新鮮な魚介類を届ける魚屋が使用した道であることから、この名前がある。全長12km。

すぐ下に吉高神社があり、立寄ります。


この魚屋道は急坂のない歩き易い道でした。

展望ポイントに休憩のベンチがあります。

有馬温泉の射場山でしょうか。

分岐点で道標に荷物を引っ掛け、寄り掛かって塞いでいる三人組がいました。
わざと撮影のためにと退いてもらいましたが、登山マナーを学んでほしいですね。

13:40に休憩所を通過。


最後まで緩やかな道が続きます。


六甲山の東西に長い山系を縦走することも登山コースとして知られている。この縦走路は、加藤文太郎ゆかり
のコースである。神戸市主催大会での縦走路は須磨浦公園(神戸市須磨区)から宝塚駅(宝塚市)までの
約56kmである。毎年、六甲全山縦走大会が開かれる。11月に神戸市主催の大会が、3月第2日曜日に
兵庫県勤労者山岳連盟主催の大会が、3月最終日曜日にヒヨコ登山会主催の大会等が開かれる。

大会に参加すると、前の人を抜けない細い道が多いため、縦走時間は10~15時間以上。
大会では難しいが、中には六甲56kmを6時間程度で走りきる猛者もいる。

14:05に有馬温泉街の登山口-450mに到着。


有馬温泉街を歩いて「銀の湯」に立寄ります。地元の人は「かんぽの湯」がゆったりしてお勧めとのこと。

混み合う湯船で一時間程汗を流してから着替えてさっぱりしました。
有馬温泉駅まで歩きながら隣の極楽寺を通過。

伝承では593年、聖徳太子の開基と伝える。中世より念仏の道場として栄えたが数度の焼失による移転
などを経て現在地に至る。最後の焼失は1773年で、現在の堂宇は1782年に再建されたものである。
このときに再建された庫裏は1995年の阪神淡路大震災で半壊したが、そのために修築中の
基礎の下から豊臣秀吉が築造した「湯山御殿」の遺構の一部が発見されることになった。
遺構は茶器や瓦などの数多くの出土品とともに神戸市文化財史跡の指定(1997年)を受け、
遺構の上に建設された「神戸市立太閤の湯殿館」で1999年より一般公開されている。

湯泉神社(とうせんじんじゃ)を通過。
大己貴命と少彦名命が赤い湯に浸かって脚の傷を癒していた三羽の烏をみて有馬温泉を発見したという
故事より、この二柱の神を主祭神として拝殿に三羽の鳥を彫刻する。そして1191年に始まる仁西による
有馬温泉再興の時代より奉られた副祭神の熊野久須美命とともに「鎮護三神」と呼ばれる。

銀の湯の姉妹館「金の湯」。外人さん達で混み合うそうです。


太閤秀吉の正妻ねねの像と赤い欄干のねね橋。

有名な有馬温泉街を歩きましたが、大勢の観光客で賑わっていました。

有馬温泉(ありまおんせん)は、兵庫県神戸市北区(旧摂津国)にある温泉。日本三古湯の一つであり、
林羅山の日本三名泉や、枕草子の三名泉にも数えられ、江戸時代の温泉番付では当時の最高位である
西大関に格付けされた。名実ともに日本を代表する名泉の一つである。日本最古泉とも言われる。


15:40に有馬温泉駅-400mに到着。高低差900m、約5時間のハイキングでした。


有馬温泉駅-有馬口駅-新開地駅-三宮阪急駅に17:00に到着。

宿泊したカプセルホテル前で餅つき大会が開催されていました。

無料ですがルミナリエ募金をして美味しくつき立て餅を頂きました。

時間潰しに閉門された夜の生田神社に立寄ってみました。


コインロッカーに荷物を預け、三宮駅周辺のショッピング街を見学。

広い地下街も歩いてみました。

神戸牛ラーメンで夕食。スープまで完食しました。

地上階のアーケード街。神戸の皆さんの買い物意欲には驚きです。


三宮駅周辺の夜景も見学。

今夜もルミナリエ見学の長い行列が続いていました。

20:30に夜行バスの待合室に向います。

カプセルホテル前では餅つき大会が続いています。三時間以上になりますね。

21:15に高速バスに乗車。順調に走行して翌日の5:40に新宿駅前に到着。
快晴に恵まれ、ザックを担いだ史跡の街歩きで疲れた山旅でした。
これで今年の山行を終了し、スキーシーズンに切り替えます。