Real people in my day -91ページ目

誕生日

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本日、節目な年齢を迎えた。

それなのに病院掛け持ち(-_-;)
でもでも自分プレゼントを郵便局に

取りに行かなくちゃ(^^)
楽しみ。

この歳でも落ち着きないワタシ
格好からヤバイ!

有り難う姐さん



今日っす!
嬉しい年齢やないけど

ホンマに嬉しい(*^ー^)ノ♪
有り難う&感謝です!

女性作家

ワタシ女性作家の小説は
あまり読まない。

宮部みゆき以外は
入り込めなかった。

1作品は面白きくても
次が、つまらない。

宮部みゆきは、その点どの作品も入り込める。

俳優が役に入り込んでしまう。
そんな感じで読み込む。

火車…淡々と怖い背筋に寒気走った怖さ。

宮部みゆき以外は
ほとんど読んでいない。

もしかしたら料理人と同じ
感覚で女性作家を捉えてるのかもしれない。

がっつり来る女性作家って
居ますかね~

女性作家を軽視してないが
読みたい衝動にかられない。

好んで読んでる本の傾向も
あるのかも知れないな。

高度救急救命センター医療費

ワタシは1か月半入ってました。
奈良の救命センター。

限らた面会時間に毎日両親や週末には親戚が来た。

血縁関係者しか面会出来ない
らしいです。

ワタシが生還したとたん
葬儀代から医療費へと金は流れました。

高額医療費から戻るが先でしょ
医療費は払わないといけない。

300万円近く医療費を支払いました。

そのまま
掛かり付け医の大学病院へ転院
4か月入院し100万円近く支払ったらしい。

高額医療費が後日に戻り
退院後には生命保険が入ったから

赤字にはならなかったって。
高度救急救命センターの医療費って
半端なく高い。

簡単には支払える額やないよな。ただ何気に自分の命の値段に思ったら…

300万円程度なんかって
思う事もある。

まず、なかなか高度救急救命センターへ運ばれる事は少ないでしょうが

受け入れて貰えないと運ばれませんから。

ワタシは運があったのか2件目での
先生が腎臓では有名な先生らしく
ワタシの年齢も若いし助かる可能性が少しでもあるなら高度救急救命センターへ連れて行くと言って下さった。

奈良には2つ高度救急救命センターがありワタシが入ったセンターは脳関係や
交通事故などが多いらしく
当初は受け入れに難色やったらしいんです。

もう1つの救命センターへは時間が掛かるからと頼み込んでくれたんやて。

諦めなかった先生、懸命に治療してくれた救命センター。

ですが医療費は非常に高額です。オトンは内臓破裂の疑いで救命センターへ運ばれ10日居たけど120万円
掛かりましたから。

運ばれて命が助かったら
早く転院しないと日増しに医療費掛かります。

生かしてくれてありがとう②

時間や日にちの感覚が無くて
朝か夜かも理解出来てなくて。

自分の年齢も分からなかった。
毎日、今日は何日で何曜日って
聞かれるけど滅茶苦茶で…

カレンダーを見ても分からない。
そんな状態が2週間くらい続く中

まず水を飲む練習から始まる
これ簡単そうで出来ないねん。

出来ない限り食事は無理。
毎日毎日むせかえりながら練習し

ようやく飲み込める様になったら食事の練習がスタート。

重湯にペーストしたおかず
おも湯は飲み込めてもペーストが
飲み込めない。

食べる練習が辛かった。
段々と日時が分かる様になったが

食べ物が飲み込めない。
センターのICUには滅入る様な患者ばかりが運ばれるが生きて出て行く患者が僅かな事が分かった。

交通事後による内臓損傷と自殺された方が多かったです。

ある時、男性が運ばれて来た
マンションから飛び降り自殺し
複数の骨折と内臓損傷。

術後に大声で痛い殺してくれと
叫び始め、数日続いた時に家族が面会許可が降り男性の元へ。

救命センターのICUって患者が見えるんよね。

先生は酷く怒らて男性に
生きてる痛みや自殺する根性あんねんから辛抱せ!

ここは生きて帰れる人間は少ないねんぞって。

後日オカンから聞いたけど毎日運ばれて来て待合室は家族が寝泊まりするから患者の家族が分かるんやて。

大概亡くなって帰って行った
次は自分らの番かと不安な日々やったアカンと言われてたから葬式代
200万円を枕に寝泊まりしてたって。

そんな毎日の中ワタシは飲み込みの練習。

段々ペーストが飲み込める様になりプリンやゼリーが食べれる様になり。
固形物が食べれる様になると
体の管が1本抜けた。

両胸と太股の両付けね右手と左手左手は動脈に管が入っていて…

ここから良く血が漏れて
シーツ交換を良くした。

食事が出来る様になり胸の1本が減り救命センターの一般病室に移動の時は右手静脈と太股の付けね2本だけ。

救命センターだからテレビなんてないから毎日本を読みラジオを聞いた。
この病室に来ると言う事は
生きて転院待ち。

この病室で1か月振りに髪を洗ってもらうが1回では洗いきれず

毎日洗髪し、ようやく髪が普通の状態に戻った。

救命センターではアラレちゃんと呼ばれてたけど髪が普通になると看護師達がアラレちゃんって呼べないな~

なんて元気になった証拠やなって風呂もオカンと看護師の介助で入れてもらえて。

壊死が始まってた両足は動かずに末梢神経が麻痺して感覚もない。
それ以外は状態は良く、
ようやく尿のカテーテルと太股の管が抜ける日。

太股は管を縫い付けててるから
抜糸して抜くねん。

先生が来て抜糸しよか~って
爪楊枝を持って来てさ!

ハサミで切るんちゃうの?って
聞くと爪楊枝で引っ張るねんで

って…
痛いかなと思ったら痛くもなく
あっけなく管が抜けた。

転院先まで車椅子の練習が始まるベットから移るトイレに行く練習。

1人でトイレに行けた日は感動した。それまでは部屋にポータブルトイレやったから嫌で仕方なかったから。

こう言った日々簡単な事が
出来るようになる嬉しさ。

本を執筆された田中保子さん
今はリウマチと向き合ってます。

リウマチも日々簡単な事が出来ない
そんな中に全身火傷で熱傷センターへ

救命センターとは違えど亡くなって行く患者を見ながら水を飲む幸せ。
こう言うセンターは複雑。
オトンが高度救急救命センターへ入った時は大阪では有名やったシンナー中毒者に親子が通り魔に刺された方が来た。

普通の病院じゃ滅多に見ない患者を見る。

田中保子さんもワタシも幸い出れた
田中保子さんは火事により母と
息子さんを亡くしてられます。

治療の為に葬儀にも出れなかった
生き死にを感じる場所。
ワタシが生死をさ迷ってる中
若い女の子が首吊り自殺で運ばれて来たらしい。

心配停止状態で両親と兄弟は
同様しておりオロが来てる状態
結局亡くなったけど普通の精神状態ではなかった為に

毛布に包るんで彼女を連れて帰ったらしい。
ワタシの両親もオロ状態になってしまいワタシの遺影と帰る浴衣を用意するよう言われ用意した写真は

ワタシが小学生の時の運動会の写真を持って来て親族が全て用意してくれたって。

今じゃ笑い話しやけどセンターでは
待合室でも色々なドラマがある。

緊張を強いられる長い時間であろう。

因みに両親は待合室では冷戦状態やったらしい。

壊死が始まった足を切断するかしないかで意見が別れた。

オカンは少しでも可能性が有るなら足を切断して欲しい娘は今は意識があるし。

オトンは持って3日の命ならモルヒネを打ち痛みから解放し五体満足で死なせて欲しい。

結果はオトンの意見が通り
ワタシは意識不明に陥ったから
オカンは激怒してたらしい。

今ではオトンの選択で良かった。
足あるから。

ワタシは生かしてくれてありがとうとって今は言えない。

ただ、この様なセンターでは
一般の病院とは違う生死のドラマかある。

因みに田中保子さん
滅茶苦茶、明るい人です。

いろんな困難を乗り越えた強さでしょうか。

機会があれば1度手にとって
読んで見て下さい。

「生かしてくれてありがとう」
田中保子 著 文芸社

長々と読んで下さり、
有り難う御座います!!