留学に行く時に、自分の箱は、何かでパンパンだったのかもしれないなぁー。なんて最近思う。
小さいくせに、自分の箱の大きさを知らないで、無理に膨れようとしてたのかも。
でも、それは皆に知られていて、知らないのは自分だけだったんじゃないかな。
それに、何だかんだで自分でも気付いたんだと思う。
そこにはタイミングがあった。
2つのタイミング。
就活に失敗したという事実は、心の表面は認めようとしなくても、奥底では認めていたんだと思う。
そんなタイミング。
あと、人に教えてもらえた。お前の箱はパンパンだって。
それは、自分が耳を傾けるようになっただけなのか、たまたま重なったのか。
両親や彼女、地元の友だちや、久しぶりに会った中学校の先生、ゆーごに大東さん…
見てたり、直接言われたりして、自分について考えるタイミングがあった。
留学では、色々なことが回って回って、そして、自分が持ってたものの大切さが分かったり、その逆で、ずっと守ってたものがしょーもないものだって気付いたりした。
自分はいつも、大事な人に支えられていた。
帰ってからは、自分がもう少し支えられるようになりたいなぁーと思う今日このハワイ。
しょーもないと思うものを全部、留学中に捨てられてはいないけど、少なくとも、捨てれたものもあって、捨てようとはしたし、今もしている。
自分を正当化する部分。
心のおパンツ。
一時的な、こいつに勝ちたいという変なプライド。負け惜しみみたいな。
いらないよね。
捨てて、もっと大事なものを入れる。
それは、自分には欠けていた素直さだったりする。