新しくBlogをつくったものの、卒業式シーズンでこの名前について語る機会がなかったですね。

「其の芽」
タイトルの説明として簡単に書いています。
これは、四年大学の宗教主事の先生の授業をもとにしました。

ヴィクトール.E.フランクルという精神科医の本を扱った授業なのですが…
『夜と霧』、『死と愛』、『それでも人生にイエスと言う』などの本を読みました。
この授業をしたのは宗教主事の先生なのですが、THE!牧師というような先生ではありません。
この授業だって、キリスト教を思わせる授業名だったけど、聖書を扱うのはほんの一部。
全体の3分の1も占めてないんじゃないかな?

私の中では、この宗教主事の先生は、文学専門の先生でした。
というのが、この先生…翻訳や語源知識に長けていて、先生が授業でいくらキリスト教のことを話そうと、私の頭に残るのは語源知識や翻訳家による訳の違い等…
私が、言葉とか好きだから、こういうのが頭に残るだけだったんだろうけど。

さて、そんな授業展開をする先生の授業の何をもとにしたのか。
それは確か、フランクルの『それでも人生にイエスと言う』の回の授業。

人生は、常に選択の連続である。

フランクルの本だったか、先生が持ってきた文献だったかは忘れたけど(多分フランクルの本)、過去にも聞いたことがあったし、この言葉は今ではよく使われてる。

私は、「何でもいい」って、口癖のように言う。
それって選択権があるのに放棄してることだよね…
そう先生に言われた。
確かにそうだ。周りに合わせる協調性を持っているように見えて、自分では選択しない受身的な生き方をしてる。
そんなことではいけない。

このBlogを更新する度に、このBlogタイトルを見る度に、自分を奮い立たせるために、「選択する」という意味を籠めました。

私は、まだ夢の途中です。
ゴールに辿り着けてません。
幼い頃に描いた夢…それを果たすために大学院で勉強します。

もしかしたら、その時の夢とは違う形になるかもしれない。
大学院で勉強するうちに、もっと違う職業に生かせるんじゃないかって気づくことがあるかもしれない。
これから出てくる考えもしっかりと取り入れて、棄てるべきものは棄てて、そうやって頑張っていきたい。
これもまた選択

実は、タイトルの候補がもう1つあって。
それは「旗を立てる」。
高校の学年主任の先生(=大好きな地理の先生)が学年掲示板に書いてた言葉。
そういえば、学年通信もこの名前だったっけ?

目標を果たそう!
その目標に向かって邁進すべし!

1つ旗を立てたら、次に旗を立てる場所を目指そう…って言ってた記憶がある。

でも、このタイトルにしなかった理由の鍵となるのが選択
私の気持ちの問題だけど、「旗を立てる」だと、私の幼い頃の夢「先生になる」ことを果たすことが目標になるような気がするの。
でも、それだと、大学や大学院で学んだことから生まれた選択肢を潰しちゃうことになるかなって思って…
だから、「旗を立てる」はやめました。

それで、いつどこから出てきたか分からないものをどう扱うか、それは自分自身だ…って思った時に、浮かんだのが「芽」。
自然が好きだからね、私♪
今回はシンプルなタイトルにしたかったから、「其の芽」にしました。
自分の目に留まった其れ…他の場所にもある芽だけど、自分の前に現れた其の芽、自分が気にした其の芽をこれから先の未来でどうしていくのか…
そういう意味での「其の」。
出逢いの大切さも込めてみました。

この3文字のタイトルにはこんな意味をこめています。

旧Blogに引き続き、お付き合いしてくれる方、新Blogで初めて読んでくれる方…
様々な方がいると思いますが、どうぞ、生温かい目で見守っていただきたいと思います。
よろしくお願いします。