ここに来て驚きました。
語り尽くせない歴史があるのです。
今回は鞆のお寺について書きます。
鞆は古刹の町
(古刹~由緒ある古い寺のこと)
小さな町なのに千二百年も昔に創建されたお寺があります。
静観寺(じょうかんじ)806年
最澄によって建立
医王寺(いおうじ) 826年
空海によって建立
福禅寺(ふくせんじ) 950年頃
村上天皇の勅命で
空也上人によって建立
別名 対潮楼
今回は
■最澄と静観寺
■空海と医王寺
について書きます。
時は794年、
桓武(かんむ)天皇は都を京に移します。平安時代はここから始まります❗
少し、話がそれますが
800年、富士山大噴火。
富士山て昔には噴火してたんですね。
もとい、
そして804年、
桓武天皇は二人の天才を遣唐使として今の中国に送ります。
その二人の天才とは最澄と空海です。
日本の仏教界の新しい時代を迎えようとしています。
真言宗(しんごんしゅう)、
天台宗(てんだいしゅう)、
浄土宗(じょうどしゅう)、
浄土真宗(じょうどしんしゅう)、
法華宗(ほっけしゅう)、
時宗(じしゅう)、…
これらの宗派は、この年の遣唐使船に始まります。言い換えればこの年にこの二人の天才を乗せた遣唐使船が無ければ、今、これらの宗派は日本には無いと言うことです。
そんな天才達ですが、この二人の天才は違う考えを持っていました。
最澄~仏教の基本心理は「法華経(ほけきょう)」にある❗
空海~「大日教(だいにちきょう)」こそ宇宙の心理を説いている❗
このように二人は違う考えを持っていたんですね。
そんな二人が同じ船団で唐に向かいます。
二人の乗った船団は途中、嵐にあい、二人の船は離れ離れになりますが、二人共、無事に目的地に着きます。
ホッ
最澄は法華経の奥義を求めて天台山へ。
空海は密教の真理を学ぶため唐の首都・長安へ。
そして805年、最澄帰国。
806年、空海帰国。
この新しい宗教の波は潮待ちの港・鞆へ直ちにやって来たのです。
806年、最澄,鞆最古の寺,静観寺建立。
826年、空海,二番目に古い寺,医王寺建立。
その後、
最澄~天台宗本山・比叡山寺(ヒエイザンジ)
延暦寺(エンリャクジ)
空海~真言宗本山・高野山金剛峯寺
(コウヤサンコンゴウブジ)
を開きます。
ここに今までにない民衆仏教が誕生します。
そして最澄の天台宗から
浄土宗(法然)
浄土真宗(親鸞)
法華宗(日蓮)
時宗(一遍上人)
が生まれます。
最澄の静観寺です。

静観寺山門

静観寺本堂

一石五輪塔 高さ154cm
伝教大師 最澄の供養塔
次は医王寺を見てください。
空海は風景を選びます。
雄大で人の心を美しくする風景の地を選んで建てます。


医王寺の境内からは鞆の景色が一望出来ます。

医王寺の境内です。
最澄や空海の寺をここ鞆で見るとは思ってもみませんでした。
それだけ潮待ちの港として人の出入りの多い栄えた町だったんでしょう。
最澄と空海、語り尽くせるものではありませんが、絞りに絞って、書いてみます。
◼最澄
唐から帰国してはじめて、この鞆の地で一心三観を納めたと伝えられています。
「一心三観」とは?
①まず、あると思っているものは本来実態の無いものだ。
②つぎに、本来は実態がないものだが、縁起によって存在している現実には目を向けなければならない。
③これは真実だ。しかし、これにとらわれた心ではいけない。中道第一義。
むずかしい!?よくわからん😭💦💦
◼空海
人間はこの身のままで宇宙の生命と一体になれます。これを即身成仏と言います。宇宙を満たす生命と、皆さんの命は同じものです。そして大日如来は宇宙の生命そのものです。
うーん、これもむずかしい!💦
この天才二人は考えは違いましたが、新しい仏教の時代を開いて行きました。
続く~