七月一日の朝、59歳の緒方三四郎は、仕事場に向かう途中、安藤坂の長い赤信号に捕まってしまった。仕方なく辺りを見回していると、交差点脇の電柱の「東京土建」の広告が目に入ってきて唐突に〈東京士官〉のことを思い出した。



私(三四郎)はまだ19歳だった。その年、東京田端の外れにある下宿屋の女将の愛犬が夏の暑い昼に死んで、夜、埋葬のために役所から連絡を受けた五人の東京士官たちが派遣されてやってきた。外灯に照らされた道に、青いジープに乗った彼らは、一様に青いスーツを着て、大きな青いバッグを提げていた。近くの路地に目立たぬようにジープを駐めてもらい、女将と一緒に母屋横の木戸から三条公ゆかりの庭隅に彼らを案内した。ほんのひと月ばかり前に瀬戸内の田舎から東京に出てきた私は東京士官のことをまったく知らなかった。青で統べられた彼らの風体はじつに奇異に目に映じた。彼らが準備していく作業を見守りながら、怪訝に「彼らは何者なんですか。」と女将にこっそり訊ねた。女将は黙って割烹着のポケットから三ヶ月前の新聞切り抜きを取りだして私に手渡し、「三四郎さん、悪いけれど此処で彼らのことを見ていてね。」と耳元で早口で言い、家に戻っていった。私は、青い五人が懐中電灯で手元を照らしながら黙々と穴を掘っていくそばで、座敷から洩
れてくる灯りの下に立って女将から受け取った記事に目を通した。〈つづく〉