﹅(・ω・*)ノ 今回は長文。失礼致します。ヽ(*・ω・)ノ
暗くなって帰宅。ガレージを出ると、暗い庭のあちこちで犬たちの気配がする。それはいつものことだ。彼らは吠えるでもなく立つでもなく、ただ私に「帰ってきたのね」と"意識"を向けてくる。たぶん、丸まったまま、耳だけがちょっと動いただろう。
でも、今日はその"意識"が一頭分足りない。嵐がいつもこちらに意識を向けていた場所がぽっかりと、からっぽで暗いままだ。それが寂しいし、ちょっと心細くもある。
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当犬舎には、今でもぽつぽつと「本川系四国犬」を探されている方がお見えになります。ですが、ここ数年は「もう当舎にも純系はいません」とお断りしているのが現状です。
残念なことです。
なんとか戻し交配をしながら血統を繋ぎ、現在当犬舎にいる雄の父犬の代までは「本川系」と言って差し支えなかったのですが、系統を保った雌がいなくなってしまったため、もはやそのような系統繁殖もできなくなりました。まあ、二代目のニッチな志向だけで70年以上系統繁殖を続け、今なおそれっぽい犬をお見せできているだけでも、まあ、良しとしてください。
ただ、20年ほど前には、こうなることは計算上予測できていました。私は「古い四国犬の記録を公開する」ことと併せて、「この系統が滅びる過程を記録する」つもりで、このブログを始めたのです。
(あ、なんだかブログをやめる挨拶のようになってしまいました。まだ、少なくとも二代目が存命の間は、月1回の更新を続けるつもりです。しぶとくてすみません。)
さて先日、嵐(越裏門の虎号)を、犬屋を営んでおられる犬舎さんにお譲りしました。
昨年、雄の子犬についてお問い合わせをいただいたことがきっかけです。私共は、上記のような犬舎事情を説明し、私共の犬をご覧いただいたうえで「子犬というわけにはいきませんが、F1の成犬なら提供できます」ということで話がまとまりました。
譲渡を決めた二代目には「この犬を大切にしていただき、子でも残してくだされば」という思いがあります。
嵐の子の作出については、コロナ禍で雌と逢わせることができなかったり、飼い主の闘病中は嵐自身が不安定だったり、ようやく子ができるかと思えば雌が子宮の病気で泣く泣く断念したりと、不運が重なりました。譲渡の前にらんちゃんと交配したのですが、どうでしょうか。ロックの時間が短かったので、あまり期待できないのが正直なところです。
しかし、ご提供先は繁殖のプロとのこと。四国犬の保存活動も精力的にされているとおっしゃっていました。かわいい子犬が生まれるといいですね。
思えば、嵐は数奇な犬生を歩んできました。
彼は猟をしていた虎ちゃん(嵐の叔父にあたります)の後継として、いの町の猟師さんのもとへ行くべく生まれました。それが彼の登録名「越裏門の虎号」の由来です。(越裏門は四国犬のふるさとの地名。)彼は本来猟犬になるはずだったのです。
ところが、その年は猟師さん宅で犬のベビーラッシュがあり、子犬を引き取れそうにないという連絡を頂きました。あらら。ところが、その数日後に、散歩中のいっくん(嵐の兄)をドライブ中に見かけたという方が、当方を探しに探して訪ねてこられました。すごいタイミング! それが、松山市で嵐を飼ってくださった"おっちゃん"です。この方は嵐と寝食を共にする生活を送り、彼のことをそれはそれは大切にしてくださいましたが、残念ながら急逝されました。
私どもは亡くなる直前におっちゃんから依頼を受け、一大事を知り、嵐のもとへ。そして、庭で主の帰りを待っていた彼を保護し、再び手元に置いたのです。
こんな経緯がありますので、今回のことは、おっちゃんに大変申し訳ない気持ちもあります。
また、嵐を好んでくださった方々から、彼の譲渡を惜しむご連絡も頂きました。
しかし今回、嵐は所望されて行ったのですから、この先幸せに暮らし、残りの犬生を全うできると信じています。
新しい住まいに到着してから、嵐は気性よく過ごしているとのことです。先方にも気に入っていただけているようで、ほっとしています。
嵐をどうぞよろしくお願いいたします。
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9月の日保カレンダーは本川原産の熊号。
泰然自若とした佇まい。落ち着いたらレジェンド四国犬の記事を作りたいなあ。
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私の病気が無ければ、嵐をもう少し大事にしてやれただろうに ごめんよ




