Mシュナウザー ビーのぽんぽこりん日記 そして、ふつかの爆裂日記

Mシュナウザー ビーのぽんぽこりん日記 そして、ふつかの爆裂日記

ペットショップで5ヶ月目に突入、運命的にサトウ家の息子になったミニチュアシュナウザーのビー。成犬になっているはずなのに、なんだかぽんぽこりんの幼児体型。太っているわけでもなさそうなのに、いつかきりりとしたシュナウザーになるのか・・・???

おれ、ビーわんわん

とうちゃんとかあちゃんと池袋の外れに住んでるんだ。家

ブラック&シルバーでビー(B)だったのに、すっかりソルト&ペッパーなおれ。

このまま真っ白になったら、どうしよう・・・??クラッカー





Amebaでブログを始めよう!
おはようございます。ビー母です✨
今日、6月30日は、一年の半分て、夏越しの祓。
近所の神社でも茅の輪くぐりができます。




そして今日、6月30日は、ビーさんの百箇日。
本当は四十九日までに終えたかったけど、無理だったので、百箇日を目標に変更。
なんとかね、間に合ったね。



階段を落ちたことから、体調を崩し、明確な原因もわからないまま、A. B. Cと、3つの病院にかかりました。
C動物病院での検査で門脈体循環シャントがわかり、その症状が出た事で、この病の専門医に相談、そこが4つ目の病院です。

シャントの事を調べる方の検索に引っかかって欲しいから、前回までは実名を書いていましたが、ビーの最後のことを書くにあたり、適切ではないかもと思い、D動物病院と記すことにしました。
※前の記述もD動物病院に変更しました。

ビーが亡くなるまでのことを書き終わったら、なんらかの書き方で、こちらの病院のこと(本当に良い病院だったから、実名もね。)や、病院を選ぶ時に考えたことも書こうと思います。

3月22日日曜日 19時半ごろ、C動物病院に到着。主治医には電話で、D動物病院に転院をさせたいと伝えていたし、すぐに出るつもりだったから、ビー父は、車を病院の正面につけて待機。

もちろん、主治医は反対。
今、人工呼吸器をとったら本当にダメかもしれない、と。
「先生、肺炎治すのに、2、3日かかるんでしょう?それで、ビーの今の状況、体力を考えると、治療はあと1回って言ってましたよね。つまり、もうここで出来ることないってことでしょう?ここで死を待つのは嫌なんです。」

ビー父に駐車場に車を止めてもらって、主治医と、話してもらう。
「D動物病院では受け入れると確認済み。もし、移動途中に息絶えても、それはしょうがない。そちらには迷惑をかけませんから。」

さすがに主治医も折れた。
「わかりました。先方と連絡をとっていちばんいい状態でビーくんを運べるように準備をします。」

待合室から見える所に、集中治療をしている仔の脈拍、血圧、体温、血中酸素量が表示されていて、ビーの状態がわかる。
血中酸素量は人工呼吸器つけているから、98くらいあるけど、外したらどのくらいなのか。

ビーはたくさんの管をつけられていたから、それを少しずつ外しているようだった。
まず、脈拍が反応なくなって、血圧なども表示がなくなって、最後に血中酸素量だけが表示されている状態になった。98くらいから、90、、89、、93、、96、、、ああ、外したらビーは息が苦しいんだろうな。きっと、主治医も様子を見ながら、つけたり外したり、状態みてるんだろうなぁ。。

前に、主治医が80台になったらもう危ないと言っていた。
ビー父が車を取りに行き、病院入り口横につける。主治医から、車の後部座席に座ってまっているように言われる。

大判のペットシーツを何枚か重ね、主治医がビーをそっと運んできて、私の膝に乗せてくれた。

お世話になりました。
主治医にお礼を言って、D動物病院へ向かう。

ビーは、肩を震わせて、細かく大きく息をしてた。ゼイゼイと苦しそう。

ビー、聞こえる?がんばって。ここにいるよ!

ずっと声をかけ続けた。
信号で止まるのがもどかしかった。
ビーの息が荒いのが怖かった。

ビーさん、がんばれ、がんばれって励まして、、20分くらいでD動物病院に到着。

病院の入り口で車を降り、ビーを抱いて、病院の階段を駆け上がる。

すでに病院は終わっていて、患者さんはもう、誰もいなかったけれど、スタッフさんがドアを開けて待っていてくれた。

血圧や脈拍、体温は安定していたけれど。
血中酸素量は78 
 もう、息絶えていてもおかしくない数値。

処置台に横向きに寝て、人工呼吸器や、色んな管を、またつけられてしまったけれど、不思議と嫌じゃなかった。

C動物病院では腹這いに寝ていて、少し違和感があったし、給餌できず、薬漬けみたいな印象だったからかもしれない。

初めて相談に行ったときも、今日も同じ先生。大変な状態で、意識も無いビーに、たくさん話しかけてくれた。

ビーくん、よくがんばったね! 
本当にえらいね!
すばらしい、すばらしいねー!

誤嚥性肺炎に効く最新の機械があり、それで肺まで薬を送ってもらう。
そのあと、少し血中酸素量があがって安定した。給餌も試みる。

D動物病院は、住宅街にあって、普通に近所の方達が通ってきているんだけど、研究や持っている設備、人材は普通の街の病院とは異なる印象。
チームで動いていて、肝心のチームワークもいい。
ああ、こういう病院はいいなぁと直感的に思う。

C動物病院でもらった資料やデータを確認しながら、手際よく治療を開始しているのを見て、気持ちが落ち着いてきた。

家に置いて来たふつかが心配で、ビー父が一旦帰宅。散歩して、ご飯を食べさせて、何時になるかわからないから、ふつかも一緒にD動物病院につれてくることにした。 


処置が落ち着いたところで説明をうける。  

誤嚥性肺炎は気をつけなければならなくて、もし、今夜、亡くなるようなことがあるとすれば、肺炎が起因するもの。
でも、それを回避できる設備が、ここにはあるし、今夜は(先生本人が)ずっとビーくんを見ているから安心していい。 

だだ、危険な状況なのは変わらない。
今晩、乗り越えて、明日の朝、意識が戻ってくれば、次の治療に移ることも検討する。
ただし、24時間体制で見ていくことにも限界がある。費用も高額になるし、助かっても、脳に後遺症が残る可能性もある。


だいたい、考えていた通りのこと。
助けてほしいけれど、難しいことも理解している。
D動物病院で言われた、治療は体力勝負だから、給餌をさせて、と言われていたことが、頭から離れなかったのに、C動物病院での治療ではそれを重要視していなかったことを知った。

きちんと確かめなかったことへの後悔。
C動物病院が悪いわけじゃない。主治医もよく見てくれていたし親切だった。でも、落ち着いてからなんて言わず、すぐに転院すればよかった。

D動物病院の先生には、
C動物病院では、もう出来ることがなくて、あの場所で死を待つのが嫌だったこと。   
やっぱり生き物は、ご飯食べないとダメだって、ご飯食べないで投薬ばかりで、薬漬けみたいなのは違うんじゃないかと思ってて、D動物病院の先生が、給餌が重要だと言ったことが、腑に落ちたこと。そして、ビーの容態は、何日もこのままで良い状態じゃないことは理解している、おそらく、明日の朝、なんらかの判断が必要だということも理解していることなど、話しました。

夜、23時ごろ、ビーを先生に預けて、家に戻り、翌朝、7時に来院することにしました。

ビー父はまだわからないって、全然諦めていなくて、私はもう無理かもとは思ったけれど、それでも、ビーががんばってD動物病院まで行き着いたことに奇跡に近いものを感じて、その夜は久しぶりに安心して眠ることができました。

翌朝、ふつかも連れて、D動物病院へ。

徹夜明けの先生に状況を聞く。

肺炎の悪化はなかった。
でも、脳圧が高く、脳のダメージが強い。
どんな形でも、意識が戻ってくれば、次の治療に移れるかもしれないけど、今朝、ビーの意識は戻らなかった。

このままであれば、あと何日かは、生きていける。でも、家庭犬としての役割、幸せは難しいです。


涙が止まらない。


ビー父に、

ビーはよくがんばったよね、もう、楽にしてあげよう。

って言われて。


3月23日月曜日 7時30分
ビーは、虹の橋を渡りました。 


一晩、ビーに付き合ってくれたD動物病院の先生。

ビーをきれいにととのえて、「抱っこしますか?」と抱かせてくれた。

そして、

あっちの(C動物病院)先生から話を聞いていた感じだと、うちまで持たないかと思っていました。ビーくん、本当にがんばって、ここまできてくれて、びっくりしました。
本当にすごい。。。すばらしいです。


動物病院に勤めていたら、こういう場面、何度も、何度もあったはずなのに、先生は泣いてた。

結局、なぜ階段から落ちてから悪くなったのか、説明がつくような原因はわからなかった。わかったのは門脈体循環シャントを隠し持ったまま、10年、過ごしてきたこと。

D動物病院の先生は、
シャントが原因で、もしかしたら、軽い異常行動が起き始めていたのかもしれない。階段から落ちたのもそれが原因かも。
発作が起きてしまったのは、シャントや階段から落ちたことが原因ではなくて、脳にもともと起きやすい要因があったことも考えられる。


犬の治療は人ほど進んでなくて、なにが原因か、掴むのは難しいんだろう。ビーは、結局わからなかったけれど、どの病院でも、いろんな可能性を考えて、治療にあたってくれたんだと思った。


D動物病院の先生は、
「今の医療技術で出来ることは、本当に全部しました。」と言ってくれた。

飼い主の後悔や悲しみを知ってる人の言葉。
悲しいけれど、すごく悲しいけど、、、
やっぱり、最後に転院してよかった。


おまけ
ビーがいなくなったあとの、ふつかのこと。

ビーの入院で、長時間留守番させると、寂しくて泣き叫んでいたけれど、
ビーが亡くなったあとは、それがなくなった。

ビーが危篤のとき、そして、亡くなったとき、D動物病院に一緒に行ったから、色々彼女なりに、悟ったんだと思う。

病院から一緒に戻ってきて、お花を飾ったりも見てて、動かないビーの肉球嗅いだり。
お空に引越しの時も一緒、骨を拾うのも見てた。

犬は本当に賢くて頼りになるんだなと思う。
ふつかは、私がビーを思い泣いていると、そばに来て、眉を下げて一緒に悲しい顔するの。
爆裂だけど、優しい娘に育ちました。


ブログタイトル、ビーのぽんぽこりん日記ですが、ビーがいなくても変えずにこのまま使おうと思います。
また、ちょこちょこ、インスタと分けてなんらかアップしたいので。

ビーの亡くなるまでのことはこれでおしまい。

書くことで私自身の気持ちの整理になりました。
書きながら泣いてしまって辛いこともありましたが、ビーに関係することは、この辛い記憶、気持ちさえも忘れたくない、そういう感じです。

お付き合いいただきありがとうございました。











こんにちは。ビー母です。あじさいあじさいあじさい

今日は6月21日。夏至です。
夏至な上に、新月で日食ですって。
なんかすごいパワーのある日らしいですよ。

そんなの関係ないお嬢さん。。


近所のスーパーで小玉スイカ🍉
ビーが好きだからと今年何個目??

スイカが途切れることのない我が家。
基本、私の好物がビーの好物。だって、好きだからあげてたんだもんね。
ちなみに、マグロとイワシのお刺身も好きです。



さて。。つづきです。
ビーがなくなる前の日のこと。

前回のブログで、
 3月22日、日曜日、誤嚥性肺炎とわかる前のやりとりを記します。

 危ないと言われて、慌ててC動物病院へ向かったけど、着いた時は、人工呼吸器つけなくても大丈夫って言われて、少し安心。。それで、D動物病院に言われたことを聞いたの。

 私「ビーの体重、すごく減っていますよね。食べれないにしても、なんとかなりませんか。」

 主治医「犬は食べなくてもいい時はたべないんです。うちでは、それは重視していません。」

 なんだよ重視してないって。私はずっとずっとそれを重視してるんだって。

 私「胃に直接入れる方法とか、難しかったら、静脈から栄養を入れる方法もあると聞きました。」

 主治医「静脈からいれる設備がうちにはないので。」

 救命でも、設備ないなら無理じゃん。命、救えないじゃん。
  
救える命は救う。
裏を返せば、無理はしないっていうの、人間でも海外ならあるって聞いたことある。 
犬だから、ペットだから、これ以上は無理っていうこともあるかもしれない。でも、私はどんなことをしても、ビーを失いたくなかった。

 私「この、体力がない状況で、ビーは、頑張れるんですか?」 

 主治医「金曜日と同じやり方をして、2日間かけて、薬を減らしていくのですが、あと一回、最後のチャンスと思います。」

 あと3日。 

 救急病院はありがたい存在だと思う。夜間でも見てくれて、24時間対応。

でも、慣れすぎてる。ヤバイ状態の子に慣れすぎてる。けして、冷たい対応ではない。ちゃんとみてもらってるとは思う。

でも、うちは大変な子しか来ないのでって、こっちは初めてで、私にとったら、たった1匹の大切な息犬。

 そのあと、誤嚥性肺炎との診断。 
人工呼吸器は外せなくなってしまった。

 誤嚥性肺炎になってしまうと、それを治してからじゃないと、2日間かけて薬を減らす治療に、入れないとのこと。 

 で、誤嚥性肺炎は、どのくらいで治るの? 

 先生曰く、「…2、3日かかります」って。

 先生、じゃあ、もうビーは間に合わないよね。
次の治療にうつれず、ここで亡くなるの待つの? 

 ビー父は少し怒っていた。ビーを、ここで死なせるわけにはいかないだろう、と。 

 D動物病院に行こう。人工呼吸器をつけていたら、移動は無理と、さっき電話で言われたけれど、もし、移動途中で亡くなったら、それはしょうがない。でも、できることがあるなら、全部やろう。 

 ちょっと外します、と告げて、D動物病院に行った。

 Dで、状況を説明。 
 20日金曜日から発作が止まらず、薬を多めにいれて、徐々に減らしていく方法をとっているけど、減らすとまた発作がおきてしまうこと。
 C動物病院では給餌は重要視していないと言われたこと、静脈に直接栄養を入れるのは設備がないと言われたこと。 
誤嚥性肺炎を起こし、人工呼吸器をつけていること、また、誤嚥性肺炎の治療と発作の治療、ビーの体力を考えると、C動物病院でできることはもうないこと。 

 もうダメかもしれないけれど、ビーの生命力にかけたい。転院自体、難しくて、もしかしたら、ここに着く前に、力尽きるかもしれない。
でも、命が尽きるのをC動物病院でただ待つのは嫌だった。

 そんな勝手な飼い主の気持ちをD動物病院では、受け止めてくれた。かなり難しい状況だと、理解した上で受け入れてくれた。 

 3月22日、日曜日の夜19時過ぎ、転院することが決まり、そのまま、C動物病院に、ビーを迎えに行きました。


⑩で終わるかなと思っていたけど、細かいこと書いていたら、終えられず。あと一回。
ビーの百箇日は、6月30日。
それには間に合うかな。


ビー母ですあじさいあじさいあじさい
梅雨入りてすね。こんなにはっきりと梅雨入りしたのって、なんか久しぶりな気がするわ。


親友の美穂ちゃんがキレイだからとビーにくれたアジサイ。
ふつかが食べるといけないから、柵をつけておいてます。



さて。
つづき。

3月20日金曜日
退院させる気で病院へ行った私たち。
翌日、21日がビー父の誕生日で、21日には、D動物病院で診察してもらって、安心したかった。

20日、面会に行った直後に突然起きた発作。
薬を入れてもずっとピクピクと痙攣していて、
CTでも、なんにもうつらない。
ただ、発作が止まらない。

翌日21日も病院へ。
2日かけて、薬を少なくしていって、発作を治めていくので、その2日目。

ビーは集中治療室の中で眠っています。
薬を減らして、発作が治れば、、と聞いていたので、治ることしか考えていなくて。
治らなかったらどうなるか、、そこまで考えられなかった。

ちなみに、、発作を起こしている時は、意識がないから、苦しかったり痛かったりはないそう。
ずっと苦しかったらかわいそうだから、それだけはよかった。

発作が起きて、眠っている時って、誤嚥性肺炎を起こしやすいそう。
それを注意しながら、ケアしていると聞きました。

何時間かそばにいたけれど、特に大きな変化はなし。
転院のこと、手術のこと、主治医に色々聞いて、どちらにしても、今の状態では難しいので、これが良くなったら方針をきめましょうと。
今思うと、本当はもう危ないってわかっていたんだろな。

ビー父の誕生日だけど、なにもお祝いしてあげられず。本人もそんな気分じゃないと。

3月22日日曜日
ビー父は仕事の予定でしたが、急に今日は休むと。
今のまま、C動物病院にいてもよくない。
Dに行こう、と。

朝10時半ごろ、D動物病院に電話をして、事情を話し、先生から、折り返し連絡をもらえることになりした。

忙しいのか、なかなか電話がかかってこず、、、
もう、直接行ってしまおうか、と話をしていたら、C動物病院の主治医から電話。13時半ごろでした。


「ビーくんの状態が悪化して、呼吸器をつけてます。危ない状況なので、すぐに来てください。」

なんで?
検査を何度も何度も繰り返して、それでも何にも分からなくて、どんどん悪くなって、発作起こして。ビーさん、いったい、どこにいるの。

急いでC動物病院へ向かいました。

車の中でD動物病院へ再度電話。
状況を説明して、連れて行けそうなら転院したいことも伝えると、人工呼吸器をつけていなければ、どんな状態でも受け入れてくれる、とのこと。(人工呼吸器つけるような子はとったら危ないからね。)

栄養はちゃんと体に入れてもらってください、と、再度言われる。どんな状態でも食べてないと頑張れないからと。
状況を見て、また連絡をする旨伝えて電話を切る。

C動物病院に着くと、ビーは集中治療室から出されて、腹這いの状態で、いろんな管をつけて寝ていました。
意識はないから、実際には苦しくないんだろうけれど、顔は険しく、薬で白い毛が黄色く染まっていたり、汚れていました。


なんでこんな写真撮っていたんだろう?
ビーの体重を覚えておきたかったんだわ。

6.5Kg  
やせたから、ぽんぽこりんじゃなかったけど。それでも入院前は7.2Kgくらいはあったのにな。

着いた時は、少し落ち着いていて、「人工呼吸器なくても大丈夫な感じ」とのことだったけど、その後の検査で、おそれていた、誤嚥性肺炎をおこしていることがわかりました。