「クロッシング」
Crossing
あの状況下において、私のような精神の緩み切ったかつ濁り切ったヤツであれば、
どうして自分達だけを置き去りにしたのか、自分がどれ程過酷な道程を辿ってそこまで来たかなど、
恨みごとをさんまんだらぶちまけているところなのだ。
現に私は、あの時彼が川を渡るのを一瞬ためらっていた理由を、
彼がその人に会うのに、これまでの自分の事を思うと、或いは先に行ってしまった彼女の思いを抱えて、
遣る瀬無い躊躇いがあったからだろうと疑ってかかっていたくらいだ。
だけれども、彼は違った。
初めての携帯電話に向かって彼が言った言葉は、まるで違っていた。
ごめんなさい。ごめんなさい。約束を守れなくてごめんなさい。
泣きじゃくる彼を見てこっちの方が泣きたくなった。
ごめんね。ごめんね。君の尊さが解っていなくて、本当にごめんね。
彼らが連れて行かれた場所は、まるであの時代の東欧のあの国のよう。
卍の描かれたあの国の彼らの歴史は、しかしながらもう既に遠のいたものだと思っていたのだが。
背筋に走る戦慄。繰り返してはならぬ歴史が、今現在も存在する。
今でも、ほら、すぐ手に届きそうな場所に。
重くのしかかる現実を愛情という切り口から腰を据えて真正面から描き切った、力作だ。
「憤りを覚える」などという、中学生の読書感想文のような事を言うつもりもないし、
「余りの惨さに閉口した」などと、大人ぶった口調で書き記すつもりもない。
どうにもならないこの世界という図式に、そして彼が祈り縋ろうとしたあの人に、「何故」とだけ問いたい。


