0 TAROU

0 TAROU

−charcoal of life−
−asashin−

全てを超えていく。


これまでも、これからも何もかもひっくるめて。



侠として、ただ行動する。



今日、この日を腹深くに刻み、


鉄の鼓動を皆と刻みながら、共に弥栄していく。



今日を迎えられたのは、


皆を導き、背中を見せ続けてくれた人のおかげ。



だけど、


こっからは、殿で俺が皆を担いでいく番。


皆の存在は、俺にとっての神輿さま。



褌を締め直して、しっかり腰を落として、


どっしりと足跡を地に刻みながら、


皆を天に羽ばたかせるのが俺の使命。



皆で一緒に時代の最先端を進んでいく姿が


俺には既に、緩りと視えている。



腹決めと意思と思考。


この三位一体がブレなければ、


自ずと一直線に最善の道を行く。



これまで目の前にあった、あったと思っていた


古い建前の世界観(魔)は、自然に崩壊(九)し、淘汰され、


本物しか残せない、誠(真)の時代と(十)成る。



そして、



また新たな世代の、新たな時代が(ー二三)始まる。



常に全力疾走だからこそ、


末法なこんな時代でも


皆で笑って、共に生きられる。



そして、どうせなら、


世界一を超えて、宇宙一笑って生きてやる。

もう、何においても引き返せない道


その中で気付かされることや、覚悟していくこと


それが日に日に深まっていく感覚がある


だけど


それでもまだまだ覚悟が足りずと


魂がさらにその先を求めている



その理由は


外側を見れば明らかに混沌と化している世の中


それを肌身で身近に感じているからだろう



何故、そんな外側からの情報に反応してしまうのか


それは自分の中に、混沌とする部分がまだまだあるからだ



世の中とは常に、自分の中の鏡写し


それに気付いているはずのに


いつの間にか忘れてしまっている



それはきっと、自分の悪い癖で


外側へと原因を投影しているからだろう


本来、自分の内側に原因とは在るものなのに



だからこそ、内側をきれいに浄化する必要がある


精神も肉体も、隅々まで意識を張り巡らせて


その全てを、クリアにしなければならない



内側への意識を最大限に拡大し


全細胞の意識を今この瞬間に一点集中させることで


内と外の両側を繋げて見渡せるようになり


自ずと自分の器に見合った景色と全体像が


中庸の視点から、本質に沿って見えてくる



それと同時に


ポジティブな事象は、己の器を拡げてくれ


ネガティブな事象は、己の器を深くしてくれる



やがて、その過程の先で


ようやく次のフェーズに入ることができる


新たなステージ、新たな御役目を授かり


また、そこでしか得られない意識に気付く



それは己を座標とした、個と全の境界線の意識


今までは、主観的に個の意識の中で生きて来たけど


これからは全体の意識に入り、統合していく



それが日月神示などで言われている


我良しの心や自分という枠を


完全に捨てさることであり


あくまでも全体の一部として機能していき


己の使命を果たす事なのだと思う



それと今現在、明確に感じている感覚がある


魂が引っ張られている感覚


魂が導かれている感覚


魂がうずいている感覚


腹に熱を帯びて、日に日にそれが増していく



何処かへ向かっているのか、何かが迫っているのか


どちらかは、まだ良く解らないが


それが日々、着実に近づいているのは確かだ



辿り着くのは弥勒の世か、それとも死か


それは今となっては、どちらでも構わない


毎日、本当に素直な気持ちに従って


後悔を残さないように生きているから



ただただ、純粋に今を生きる


最高、最善と言える今を生きる


それを同志と共に共有して


そして、共鳴していきながら


日々を積み重ねていく

きりきりと、ずきずきと、時折心が痛む


自己嫌悪などの、自らの痛み、内からの痛みは


胸の当たりで痛み


外側からもらう痛みや、相互に伴う痛みなどは


もう少し下の当たりで痛む



いずれ、そのどちらも消化が出来るのは


全てを受け入れて、腹に落ちたとき



普段、日々の中で自分は当たり前のように


心や身体の調子が良くなるようにと


いつでも気分が良く居られるようにと


無意識的に動き続けている



モチベーションを上げたり、集中力を上げたり


「上げる」ことへ意識を持っていく時は


音を聞いたり、誰かのことや楽しいことを考えたり


今、此処。今この瞬間には無い、「何か」


その何かの存在から、力や元気を貰っている



それは、繋がる意識から来る力であり


繋がりを通して、廻る力でもある



逆に、「下がる」時は、分離の意識が働いている


負の感情、マイナスされていく事


字のごとく、そのままの意味だけど


その時に伴う痛みが


何より自分を成長させてくれ


カルマを清算することでもあるから


今の自分より高い次元へと導く、カギやヒントとなる



出来ることなら日々


痛みは避けて、楽しく過ごしたい


それが自分のホンネの本音



でも、この先にある世界には


少なくとも自分が歩む世界には


その「痛み」が新たな「繋がり」を生み


本当の意味で共に生きる世界、分かち合う世界が


その先に待っている気がする



これまでの流行り病やクスリ、その後遺症


また、天災や地震、戦争など


これから迎える未曾有な時代で


あらゆる環境の変化や価値観の変化の中で


たくさんの人が様々な痛みを経験していく


だからこそ、その痛みを通じて


皆が解り合える時が来ると信じている



人種や国境を越えて、全ての境界線を越えて


皆の根底に刻まれた痛みから


その痛みという同じ気持ちから


新しくも、最も古い時代の生き方が始まると思っている



自分は今、心からそう思うから


この内にある痛みを、これからも大事に抱えていく


目の前の大切な人や大切な人達の痛みも


もし各々がずっと抱えて生きていくのなら


俺も一緒にその痛みを背負って


ずっと最後まで共に生きていく



個人の痛みは、己の器を深くしてくれ


多人の痛みは、己の器を広げてくれる



これが俺にとって


「痛み」との向き合い方でもあり


これからの生き方の選択肢でもある



やがて、あらゆる痛みに導かれて


己の在るべき場所


居るべき場所に辿り着くのだと思う