記憶の中と同じ景色。 | 初心者同志

記憶の中と同じ景色。

先日、小学生のときによく歩いていた道を通った。


その道を通ったのはまったくの偶然で、

そこは、ほとんど、思い出すこともなくなっていた場所だった。


でも、歩いているうちに、ここは自分が昔、ランドセルを

背負って歩いていた場所だ、と

ふと思い出して、しばらく動けなくなってしまった。


驚いたのは、景色が何も変わっていなかったことだ。

すごい速さで蘇ってきた記憶の中で歩く私も、

今、目の前にしている景色と、全く同じ光景の中を歩いていた。


さび付いた看板、ひび割れた道路、

傷ついて歪んだガードレール、赤い塗料の剥げた消火栓。

水の流れない側溝、何も植えられていない植え込み、

役割を果たしているのか怪しい電柱、

車の止まっていないガランとした駐車場。


私の実家があった周辺は、今では数々の

大きな施設が建ち、整備された道路ができるなど、

景色が一変してしまっている。


だから当然、小学校のころに見た私の景色も、

もう、残っているはずがない、と私は勝手に思っていた。


だから、当時の景色が今もまだあることと、

そして、その場所に今、自分が建っていることが、

すぐには納得できなかったんだと思う。


不思議だったのは、それが嬉しいのかどうか、

自分でもわからなかったことだ。


実家の周り景色がどんどんと変わっていくのを見るのは、

間違いなく寂しかった。

でも、昔のままの景色が今も残っているのを見るのは、

なんだかちょっと、複雑な気持ちだ。


なぜだろう、と、そのときは思っていたのだけど、

今なら、なんとなく、わかる。


きっと、景色は昔のままでも、わたし自身は、

昔の小学生だった自分には戻れないからだ。


そして、やっぱりこれも、喜んでいいのかどうか、

わからないな、と私は思ったのだった。


夏になると、涼しい日々が恋しくなって、

冬になると、暑い日々が恋しくなるのと似ている。


うーん、季節にも春と秋があるように、

大人と子供、そのどちらでもない時間が、あればいいのになぁ。