ムチャなお願い。 | 初心者同志

ムチャなお願い。

子供のころ、本などにはよく、


「都会は恐ろしいところです」


なんて、書いてあった。

だから、ああ、そうなのかなあ、と漠然と思っていた。


これは、そんな子供のころのお話。


あるとき、私は友人たちと一緒に東京へ買い物に行った。

なんといっても、普段は田舎の片隅でひっそりと

暮らしている私たちだから、大人の引率もなく、

自分たちだけで東京へ行くというのは、かなりの大冒険。


行く前には入念な計画をたてて、買い物に行くお店も

すべて事前に決めていたほどだった。


ほぼ、予定していた通りに買い物を終え、

お昼を回ったころ。

最初の遠慮がちな気持ちもそろそろ消えてきた私たち。

友人の一人がふと、


「バスで移動すれば、次の目的地まで早いよ」


と言い出した。

今まさに通り過ぎたバス停に戻り、時刻表を見てみると、

確かにバスはもうすぐ来るみたいだ。


それまでに、電車にはもう散々乗っていたし、

そろそろ新しい刺激が欲しかった私たちは、

じゃ、バスに乗ってみよう、ということになった。


買い物も終わって、あとは帰るだけだったしね。


バスは時刻表に書かれていた時間よりかなり早くやってきた。

私たちはバスに乗って、しばらくバスから東京の景色を見ていた

のだけど、それからふと、一人が気がついて言ったのだ。


「あれ、道、間違ってない?」


最初はそんな言葉に笑っていた私たち。


間違ってないよ。

田舎者みたいなこと言うなよお。

恥ずかしいぞ。


運転席にすぐ後ろの席だったので、私たちはそんなことを

言って、突然大きな声を出した友人をからかっていた。


でも、しばらく乗っているうちに、私たちの顔から

そんな余裕の思いは消え、お互いの目を見ながら、

全員、ゴクンと息を飲んだのだった。


本当だ。道が違う・・・・・・。


どうやら、乗るバスを間違えたらしい。


そこから、一気に慌てだした私たち。


というのも、バスは完全に逆方向に向かって走っていて、

こうしている間も目的地から離れていくし、

そもそも持ってきていたお金は、そのときすでに

買い物にほとんど使っていて、余裕なんてない状態。


このままだと、帰れなくなって、みんなで

東京を放浪することにだってなりかねない・・・・・・!


と、そのとき。


少し笑いながら、バスの運転手さんが私たちに声を

かけてくれたのだった。


四十を過ぎたくらいの柔和な顔をした男性の運転手さんは、

どうやら私たちのそれまでの会話を

すべて聞いていたみたい。


「どこに向かう予定だったの?」


と訊かれ、オズオズと、実はまったく反対の道だった

と話すと、運転手さんは、私たちにこう言ったのだった。


「じゃ、そこまで、乗せてってあげるよ」


・・・・・・信じられる?

タクシーじゃないんだよ。

公共のみんなが使う、普通のバスなんだよ!


なのに、その運転手さんは私たちを、目的地まで

乗せていってくれる、というのだ。


私たちのためだけに!


バスというのは、当然のことながら時刻表があって、

そのスケジュール通りに動いている。


バスを利用している人は、その時間を調べて

みんな乗りにくる人たちばかりだから、時間厳守は

バスにとっては、絶対守らなければいけない規則のはずだ。


なのに、運転手さんは私たちを乗せていってくれる、

と言うのだ。


うーん、嬉しいけど、けど、さぁ・・・・・・。


こんな行為に甘えちゃ駄目だよなあ。

だって、そんなことをしたら、他のもっと多くの人に

迷惑をかけることになるもんなっ!


だけど、そこはお金の尽きかけている、

頼るものも他にない子供。

私たちはその言葉を逃がすまいと、ほとんどしがみつくように、


「お願いしますっ!」


と頼みこみ、元の行く予定だった場所まで

本当に乗せてもらったのだった・・・・・・。


今になってみると、あのあと、運転手さんは

会社に怒られたりしなかっただろうか、とか、。

他のお客さんに迷惑をかけることになったりしなかっただろうか、

と思うのだけど、真相はもちろん、わからない。


それよりも、もっと今になって思うのは、

あの時、乗せていってあげる、と言ってくれた言葉。


あれって、実は運転手さんのただの冗談で、実はそのあとに、


「なんてね、まあ、それはさすがに無理だけどさ」


という感じで、言うつもりだったんじゃないだろうか。


だってさあ、どう考えても普通じゃ考えられないもんなあ。


ただ、私たちがそう言われて、すぐその言葉に飛びついて

しまったので、運転手さんも断りきれなくなって

しまったのかもしれない。


ああ、幼いってことは、ときに恐ろしい武器になる。

無知ってことは、ときに自分を救うけど、

それよりずっとたくさんの人に迷惑をかける。


これは、そんな、見本のようなお話。