いつか、起きること。
たとえば、とても信じられないようなことが、
突然、自分の目の前で起きたりする。
自分で想像していたよりもずっと、
悔しいことや、
腹立たしいことや、
悲しいことが、
まったく予期せず、自分に襲い掛かってきたりする。
すると私たちはみんな、
どうしてなの?
と思う。
あまりのことに、混乱して、悲しくなって
それを起こした原因の相手を恨んだり、
それに遭遇した自分の運の悪さを、呪ったりする。
でも、はたして、本当にそれくらいしか、私たちにできることは
ないのだろうか。
この世界では、前もって予想できることなんて、
きっと、ほんの一部なんだ。
私たちの目の前では、実は、
常に信じられないような出来事が起きている。
それは、テレビをつけてニュースを見たり、
新聞を少し読むだけでも、すぐにわかることだ。
ただ、ほとんどの人たちは、それらを
同じ世界で起きている、自分とはまったく無関係の出来事、
と思っているだけなんだ。
とても信じられないような、酷い事件が起きて、
その、まったく想像もしなかった出来事に直面し、
どうしてこんなことが、私たちの身に・・・・・・。
と、嘆き苦しむ被害者を見て、私たちは
可哀想だ、と思う
でも、同時に、自分にそれが起きるはずはない、とも思っている。
なぜなら、自分は、用心しているからだ。
自分の周りにある世界は、テレビなどで映される世界とは違い、
よくある普通の一般の世界だからだ。
あれは、テレビや新聞の中だけのことだ、と。
自分だけは違う、と誰もが思っている。
それが事実なのかどうかは、私にはわからない。
大勢いる人の中には、確かに、長い人生を、
たった一度のトラブルも経験することなく、生きる人だっているかも知れない。
それが、いいことなのかどうかは、別として。
ただ、私は違った。
まだ、普通の人が生きるだろう人生の3分の1も生きていないけど、
すでに、私の人生はトラブルと、事件だらけだ。
やっぱり、それが、いいことなのかどうかは分からないけれど。
だから私は、少しだけ考えるようになった。
確かに、私も、他の人たちと同じだ。
大切なのは、自分と、自分の周りにある、僅かな世界で、
行動したり考えたりするときは、それが、何よりも優先される。
でも、同時に、少しだけ、私は想う。
自分とはまったく関係のない人。
遠い世界で人を殺している犯罪者。
残酷な現実に直面し、ただ立ち尽くす被害者。
楽しいから、と、このほうが楽だから、という理由で、
他人の意見など関係なく、
自分のした選択を無条件で賞賛する人たち。
それが、もし、私だったら、と。
その気持ちを、理解したい、と想う。
なぜなら、それが起きているのが、
テレビの中であろうと、
新聞の中であろうと、
ネットの中であろうと、
そこは、今自分が居るこの場所と、必ず繋がっている、
どこかの世界だからだ。
一生出会うことのない出来事、
二度と会うことのない人、
一度だって関わることのないだろう問題に、
遠く離れた無関係な場所から、
一つ一つに想い、理解しようとすることに、
いったいどんな意味があるんだろう、
と、私も、ふと想う。
答えは、私にもまだ、ない。
わからないままでいることが、ただ、怖いだけなのかもしれない。
だとしたら、うん、それでもいいんだ、と私は思う。
理由は、なんでもいいのだ。
想うことをやめずにいられるなら、それでいいと、
今の私は想っている。