子供の遊び。
子供のころの私は、新しい遊びを生み出す天才だった。
当時の私たちには、学校が終わると、
毎日集まる公園があった。
そこで私たちは、放課後になると、
いつも何かをして遊んでいたのだけど、
何をして遊ぶのかは、その日に集まった仲間の数や、
顔ぶれによって、いつも変わっていた。
たとえば、10人ほどが集まれば、自然と、野球やサッカーになった。
でも、なかなかそれだけの人数が、一度に集まることって少ないんだ。
それに、道具のこともある。
誰かが、サッカーボールやバットを持って、
集まってくれればいいけれど、
子供にとって、遊び道具としてのボールはとても高級品だ。
持っている子供は限られていて、集まった人数は充分でも、
道具が何もない、なんことも多かった。
それで、なにをして遊ぶかは、どうしても、
その日によって、いつも変えなければいけなかった。
私はそんな中で、毎回、遊びの種目を考える役割を担っていた。
その日集まった人数と、持ち寄った道具を見て、
じゃあ、今日はこれをして遊ぼうよ、と私が決めるのだ。
人の集まりが悪いときには、近所の家に、
知っている人、知らない人関係なく
「これからみんなで遊ぶから、君もおいでよ」
と、勧誘にまで行った。
今思うと、玄関を開けたら、まったく知らない子供が立っていて、
一緒に遊ぼう、と言うんだから、
かなり変なヤツと思われていたのかも知れないなあ。
でも、当時の私はそれでも、真剣だった。
ものすごく重要な立場を任されているのだと、
とても誇らしくさえあったのだと思う。
あるとき、こんなことがあった。
その日、公園に集まった五人の友達は、
みんな自転車で来ていた。
そして、ゴム製の野球ボールが一個だけあったんだけど、
バットは誰も持ってきていなかった。
五人だから、チームを分けるのも難しい。
大抵、いつものことだけど、公園にはその日も、
私たち以外は誰もいなかった。
そこで、何をして遊ぼうか、とみんなで色々と相談している中で、
一つの遊びが考え出された。
もし、奇跡というものがあるのなら、
私はそのときが、奇跡と呼べる、ただ一度きりの瞬間だったと思う。
そこで考え出された遊びは、のちに、大げさではあるけれど、
本当に、私たちの伝説になった。
五人の子供。
誰もいない公園。
たった一個のゴムボール。
そして、自転車。
もし自分が、その場所に一人の子供としていたなら、
あなたであれば、一体どんな遊びを思いつくだろうか。
詳しくは明日に。