よく、少年法や家庭裁判所が

   「あまい」

と言われることがあります。


大きな少年事件が起きると、そういった論調のお話が出てくることが多いように思います。


少年事件に、家裁がどう取り組むのか…そこのところは、外からはとても見えにくくなっているので、

  「いったい何やっているんだ」

と思う人がいるのも、もっともです。

  「なにもやっていないんじゃないのか?」

と思われることも、あるだろうな…


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


その付添人は、女性の弁護士でした。


審判で、非行事実についてひととおり質問した後、 「付添人から、少年に質問はありますか?」 と言ったところ、その付添人弁護士は、「はい」と言って立ち上がり、机の前にでてきました。


このへんの進行は、審判官によってさまざまです。わたしの場合は、非行事実についての質問を先にいろいろこちらからやって、その後、これに関連する補足質問や、要保護性一般についての質問を付添人にふっていました。


「あんたねぇ」

いきなり、付添人弁護士は、大きいハッキリした声で、少年をあんた呼ばわりしました。

「さっき、今回の事件は、先輩に呼び出されてやってしまいましたって言っていたけど、事件を起こした理由は、それでいいわけ?」

少年は、 「えっと…はい」 と答えました。

「先輩に呼び出されたっていうのは、現場に行った理由でしょう?」

少年がくちを開いて、なにか言おうとしましたが、付添人弁護士は、それにかぶせて

「裁判官が聞いたのは、そんなことじゃないの!」

と言いました。


お、おっかないな…


「現場に行ってから、被害者に対して、あなたが『財布出せ』って言ったんでしょう? それはなぜか…って聞かれたの!」


少年は、下を向いたまま 「だから…」 と言いかけると、 「だからじゃないっ!」 と付添人弁護士がいいました。

「どうして恐喝したのか? それは先輩に呼ばれたから…理由になっていないでしょう? あんたは、自分が恐喝した理由を話せていないのよ! なのに『だから』はおかしいでしょう。」

少年は、顔を上げて 「だから」 とまた言ってしまいました。

付添人弁護士が、少年の顔を見つめ返します。

すると、少年は 「先輩に言われて…恐喝…したんです…」 と、ぼそぼそ言いました。


「あ、そう」 付添人弁護士は、ますます声が大きくなりました。 「じゃぁ、今回の事件は、先輩のせいなのかな?」


「ち、違います」


「違うの?」

付添人弁護士は、キリッとスーツがきまっていて、美人でした。その、キレイな目を見開いて

「じゃあ、何なのよ?」

と、少年の顔を覗き込みました。


○●○●○●○●○●


「もう、まるでぼくが言おうと思っていたことを、どんどん先まわりして質問しちゃうんですよ」

「それ、なんて先生?」

審判が終わってからの、裁判官室で話題になりました。

「○○先生…」

「ああっ!」隣の机でパソコンに向かっていた50代の女性裁判官が顔を上げました。「○○先生、あたしの審判でも凄かったわよお」

「やっぱり」

「こわいでしょう?」

「こわいですね、あれ」

「少年が泣いたんだけど、聞いてるこっちまで泣きそうになったもん」

「ははは」 わたしは笑いました。 「まさか」

「で、イイこと質問してくれるでしょう? あたしは、あの先生だったら、もう審判はおまかせ」

「そうなんですよ! しかも美人だし」

「 … 」

「どうして、こんな恐喝をする人間になってしまったのか、親も、裁判官も、みんなそれを聞いているんだと、そう言い切って、少年を考えさせるように、話をもっていくんですよね~」

「そうなのよね」

「親にも、ちゃんとそういうこと聞いてくれるし、なかなか、そういう質問を組み立ててする付添人弁護士、いないっすよ…履いている靴も、かっこいいハイヒールだし」

隣の机の女性裁判官は、一瞬笑顔になりかけていたのに、また無表情になってパソコンに向かいました。


「失礼します」

書記官が入ってきました。

「新件です」

「あ、はいはい」 そう言って、記録を受け取りました。

「これは」 書記官が事案を説明してくれました。 「先行事件が3件…無免許と恐喝と傷害で係属中のN君の追送致です。原付の窃盗です。」

「N君…ああ、あれ」

「今回も自白のようです。」

「そうっすか」

記録を開きました。


しばらくして、記録を読み終わり、調査命令の判子をつきました。







そんなわけで(どんなわけで?)、離婚調停の話の続きです。


もう、細かい話は省きますが、こういうパターンでは、子どもの生活状況を聞きだします。

で、当事者双方の生活ぶりに深刻な負因がなければ、急いで子どもの生活を変えさせるようなことは、しません。


よく、母性優先とかいわれがちですが、結構お父さんも別居後がんばって子どもの面倒をみているケースは多いです。

最終的に、親権を決めなければならなくなると様々な要素を考慮しなければなりませんが、話し合いで決着がつくなら、子どもに生活環境の激変を押し付けないに越したことはありません。


「今いる子どものことは、責任もってみることを前提に、向こうの子どもとも今後会えるようなルール作りができないか?」


これが、双方に考えていただきたいテーマです。

離婚したいなら、してもいいけどさ、子どもとどうかかわっていくのか、真剣に考えていただきたい。

その考えを抜きに、気やすく離婚してもらいたくないですな。


そういう場を設けるのには、法廷よりも調停室のほうがいいだろう?

その時の代理人弁護士に言ってやりたかったですが、気が小さいので言えませんでした(笑)。


調停で話が決まれば、不服申立てはできません。

合意で決まる結論ですから、それに対する不服は、理屈上はあり得ないわけです。

せっかく判決が出ても、控訴されてしまって、結論が決まらず、だらだら手続が続く…なんてことは、ないわけです。


やれやれ、少年部に配属されていたのに、こんなに調停室に入って当事者と話をするなんて…そんなつもりじゃなかったんだが。


■□■□■□■□■□


気がつくと、その日の少年審判の期日の時間です。


審判廷に入って、少年が入廷し、腰縄や手錠を外させて、調査官に合図をすると、保護者を連れてきました。

入ってきたのは母親で、少年の隣に座ります。

母親は、ワンピースを着て、よそゆきの格好ですが、少年は捕まったときの格好なのか、ずり下がったGパンにTシャツです。

ベルトは、させてもらえないので、どうしても、ズボンがずり下がる。


父親の姿は、ありません。



…さっきの調停室の当事者のことを思い出しました。







お暑うございます。

どうも、このところ法廷を傍聴する皆さんがふえた気がします。

特に刑事。

裁判員制度のせいでしょうか?

数年前に比べて、役所内でみかける明らかに当事者でない方々の姿が多くなったように感じます。

しかも、若い人の割合が多い。


先日、ひさしぶりに映画館で映画を見る機会があったのですが、この時は客の年齢層が高くなった気がしましたね。

映画館って、もっと若者が多い場所のような気がしたんですけど。


気のせいかな…


中学時代の恩師から、暑中見舞いをもらいました。

先生は、わたしの今の仕事を知っていて、さりげなくそのことに触れた内容のご挨拶でした。

懐かしい。

前に「一度話がしたい」って言ってもらっていたのに、会えていません。

時間を作ろうと思います。

その前にお返事ださなくては。


仕事やらなんやらに追われてばかりで、なんとなく気がせいてしまいます。





相手方である夫と弁護士さんに、もう1回調停室に入ってもらいました。


「次回期日を入れます。」


ぶっきらぼうに言いました。言って、それぞれの表情をうかがいます。


申立人である妻は…無表情

相手方である夫も…無表情

夫の代理人である弁護士は…やれやれといった顔で法廷日誌を取り出します。


調停委員や書記官も合わせた全員で、次回期日を決めます。

全員が都合がいい日でないと、期日が入れられません。


「じゃ…次回は○月○日ということで…あ、あと申立人の方」


申立人である妻がこちらを見ます。


「親権のことは、よく考えてきてください。さきほどのお話をそのまま相手方にお伝えしていいのか…あと相手方の方も…」


相手方もこっちを見ました。その目を見返します。

もう次の事件の期日の時間になっているので、長く話せません。

有無を言わさず次回期日を入れることにしましたが、ひと言でも相手方に言っておかねば…


「あなたもね、これから、どう、したいのか…」ひと言ひと言ゆっくり言いました。「よく、よく、弁護士さんと話し合って考えて、次回よぉく聞かせてください。とくに…」


弁護士は、もう、立ち上がろうとして腰を浮かせています。


こらえ性のないヤツだなぁ。

でもね、このタイミングは狙ってたんだからね。あんたは狡いやつだが、実はこっちも狡い。

この場面は、本人双方に真剣に考えてもらわなきゃいけないところだろう?


「お子さんのことです。選択肢はね、そんなにない。きょうだい離ればなれの今のままで行くか、2人とも向こうにみてもらうか、それとも…」


相手方は、こっちをみたまま目をそらしませんでした。


「2人ともあなたがみるか…そういう選択肢は最初からないか」


相手方は、弁護士に「さ」と促されて、席を立ちました。


当事者が出ていった調停室で、残った調停委員がため息をつきました。




「とにかく、不成立にしても、本人の意思確認はしなきゃなりませんから」


と言って、本人を連れてくるよう弁護士に言いました。


やれやれ…こんなつもりじゃなかったんだけどな…


弁護士に連れられて、相手方である夫が部屋に入ってきます。


「お待たせしました。わたしはジェイと言います。」と自己紹介します。


申立人から出された申立書などを見ながら事情を確認します。


やはり、弁護士が言うように、夫も離婚の意思は固いようです。


「争点は親権と聞きましたが…」と尋ねると、夫は頷きました。そして「でも、向こうが言う養育費やら慰謝料やら、そういった金の話をひっこめてくれるなら、親権はいいんです」


「親権はいいんです…ってことは、おたくがみている上のお子さんも奥さんに引き渡すってことですか?」


「はい」


あっさりと夫が答え、弁護士は隣で勝利の貧乏揺すりをはじめました。 あー 鬱陶しいなぁ…


「わかりました」


ま、家事調停にいきなり入って、そうそうウマい調停なんか、できっこないかもな…腹を決めることにします。


申立人も、相手方の提案を呑むようなら、ここで話をまとめるか…呑まないなら…不成立で、ちゃんと訴訟に持ち込んでもらおう…ところで、その人事訴訟は、誰の担当なんだろう? 所長はそこまで言ってくれなかったなー


なんて考えながら

「じゃ、申立人にも、最終的な意思確認をします。また別室でお待ちください。もう、すぐ終わりますからね。」

と言うと、弁護士はこっちを見もせずに「さ」と相手方を促し、立ち上がりました。


ふん さっさと帰りやがれ


入れ替わりに、調停委員が申立人を連れて入ってきました。


相手方の提案を伝えます…申立人の顔色が変わりました。


「ええっ? それって、おかしくありませんか? だって、子どもの親権をこっちにくれるからって、お金は払わなくてよくなるなんてこと、認められるんですか?!」


うーん そりゃ、そうですなぁ


「あの人、本気でそんなこと言っているんでしょうか?」


うーん


「信じられない。それに、お金がないわけじゃないはずだし。」


うーん


「それなら…」


それなら?


「それなら、上の子の親権は、あたし、要りません」


……は? 


「もういいです。」


もういいですって…ええと…


「だって、子ども2人みなきゃいけないのにお金もらえないなんて、どうしろって言うんですか。やっていけるわけないです。子ども1人でも手いっぱいなんです。」



「上の子の親権は、要りません。」申立人は言下に言い放ちました。


うーーーーん

これって、相手方の提案を…呑まなかったってことになるのかな…いや、えっと…呑んだのか? ん?

さっき腹を決めたはずが、もうわからなくなっています。

なんなんだもうー こんなつもりじゃなかったのに…


調停委員がため息をつきました。

申立人は、そのため息が、理不尽な相手方の言い分について調停委員がため息をついてくれたものだと思ったようで、一緒にため息をつきました。


それは、違う。違うんだ。





法律上、離婚訴訟を起こすためには、まず、調停の申立てをしなければならないことになっています。

調停前置主義、といいます。


実際、調停の手続はなかなか勉強できる機会がありません。

司法試験でも、訴訟法は試験科目にあるのですが、調停法はないですね。

司法修習中も、その気にならないと、なかなか調停までは手が届きません。


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「だから、うっかりすると、家事調停は、裁判を起こすまでの間に通過しなければならない門でしかない…と思っている弁護士さんはいると思いますよ」

と、廊下を歩きながら調停委員に言いました。


調停委員の方は「はぁ…」と不満げです。


調停室のドアノブを握り、力を込めて開けました。

室内には、体の大きな弁護士が座っています。

「お待たせしました」

弁護士は、腰を浮かせ「ああどうも」と大きな声で言いました。

「書記官と調停委員から話はうかがいましたが…」

と言うと、終わらないうちに弁護士が口を開きました。

「いやあのね裁判官、ちょっと話し合いは無理です」

言いながら、片手で自分の鞄を持ち膝の上にのせています。


ははぁ 帰り支度ですか。


「不成立ですかね、まだ1回目なんですけど」

「不成立でしょう」

弁護士は、まったくひるみもしません。

「一応、ご本人のお話を聞いておこうと思うんですけど」

「不要です、訴訟しますから」

「 … 」

とりつく島もありません。

ま、1回目だけど、不成立でも仕方ないか…と内心で思いました。

弁護士は、早口で続けます。

「ご本人達は、もう長いこと離れているんです。戻りようがないです。」

「 … 」

「ただ、金のことで揉めている。さっさと片付けた方がいいでしょう。」

「あの…」


口をはさむと、弁護士は、無意識でしょうが、眉を寄せてこっちを見ました。

やれやれ…


「ええっと、お子さんがいるんでしたかねぇ…」

「はぁ?」

「ひとりずつ、お互いが引き取っているんでしたっけ…」

「あー」弁護士は目をそらして、笑いました。

「子どもね、子どもは、どうだっていいんです」


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前に、このブログで、大人みんなが少年のことを軽くみている…という話をしたことがあります。

それは、いろいろな局面であらわれてくる話だとも、書きました。


この弁護士さんが、そうだったかどうか、確かめたわけではありません。


しかし、当時、少年事件が本務だった立場からすると、スルーできない一言でした。



「あの…夫婦関係調整なんですが…」調停委員が口を開きました。「申立人は妻です」


「はい」


調停委員は、当事者の年齢、職業を説明します。

この説明が結構長くて、なかなか相談に来た理由がわかりません。

すると、書記官があとをとって話し出しました。


「今日、第1回なんです。1時に申立人、1時半に相手方を呼び出してあって、双方出頭です…が」


「が?」

時間はもう午後3時前でした。

たぶん、3時には次の調停が入っているのだろう…それで、今の事件の期日をどう終わらせるかの相談かな…それにしても、この日は家事事件をやることになっちゃったんだから、ちゃんと事前に期日簿をもらって、自分の事件ぐらい把握しておかなければいけないな…


と悠長に考えていたら


「申立人は本人なんですが、相手方は弁護士をつけたんです」

と書記官が言いました。


「おぉ、少年では付添人弁護士がつく例があまりないですが」


「家事では…うちは、やっぱり多くはないかもしれませんが…それであの」

書記官が困ったように眉をひそめました。

「弁護士が、とにかく不成立にしてくれと言い張るんです」


「ああ…はい」


「全然、相手方本人と会わせてくれないんです。弁護士だけが調停室に入ってきて、話し合いなんか余地がない。はやく不成立にしろって…」


「んんん」


弁護士代理人が、そのように主張することは容易に想像がつきます。

おそらく、夫も離婚したいんでしょう。

裁判所の手続で離婚するなら、まず調停の手続をしておかなければなりませんから、たまたま妻の方が先に申し立てた調停をさっさと終わらせてしまいたい…だから調停なんか不成立にしろと…





…あれ?


「あのう…申立人は、妻でしたね? 円満ではなくて、離婚の夫婦関係調整でよかったでしたっけ?」


「はい」


「じゃあ…両方とも離婚したいってことなんじゃないんですか…でも…そしたら調停は成立ですねぇ…おかしいな」


書記官が、説明不足ですいませんという顔をしました。「子どもがいるんです」


「子ども?」


「未成年の子どもが2人です。上が6歳、下が5…」


「あー! 親権が争点なんだ!」


「妻の方は、下の子どもだけ連れて家を出ちゃったんです。」


事情がわかってきました。

これまで家事事件をやった経験がなくても、よくある例だということはわかります。

しかし…わざわざこうやって調停委員と書記官が相談に来たということは…


「あのですねー」調停委員が言いました。

「互いに、子ども2名の親権を主張していたんですが…譲らないわけです」


「わかります」


「申立人である妻の話は直接聞けたんですけど、相手方の夫の弁護士は、夫と話をさせてくれないんです。弁護士しか調停室に入ってくれないんですよ。それでですね、不成立にしてくれの一点張りなんで困ってるんですが…、ただですね…」


「ただ?」


「妻が主張している養育費と慰謝料、これを妻が引っ込めてくれるなら、親権はいらない…上の子もわたす…なんて言ってるんです。」


「え?」


「妻が飲めば成立ってことになるのかもしれませんが」

調停委員はボヤキました。

「なんかこう…釈然といたしません。弁護士の考えなんですかね? それとも父親の考えなんでしょうか? 子どもがまるで取引の材料のようで…」






エライ人との飲み会は、むかしから苦手です。

それでも、なぜか、飲み会で所長の隣の席になってしまうことがありました。


「ジェイさん、いま忙しいですか?」


こういう質問は、なにげなくきます。


「は…? えっと…」

「少年も結構事件がきてるようですからねぇ」

「いえ、忙しくありません。わりと暇です。」

「そうですか?」

「はい」


この、「わりと暇です」なんて一言が余計だったりするんですが、その時には気がつかない。


「いま家事の方は、か な り 忙しいようなんです」

「はぁ…」

「○○部長のところなんか、調停が去年の倍ぐらいになってしまって…□□さんは支部へのてん補もあるしねぇ…人訴も増えています。」

「そりゃー大変ですねぇ」

「ジェイさんは、家事事件の経験あまりないでしょう?」

「はぁ、あまりよく知りませんが…」

「ちょっとやってみませんか…研さんも兼ねてってことで。うん、事務分配上も正式にやるかたちにして…そうだ、部長の事件を少しわけるようにすれば、簡単です。調停だけですから。」

「そりゃもう」


何年も前にあった話を今から振り返ってみれば、この辺りまでで「ん???」とひっかかるところがあるんですが、肝心な話は酔った頭でさりげなくスルーしてしまっています。


「えっと…」

「いや~さすがジェイさん、余力がある。」

「あ…ああ…はぁ」

「たしか、○曜は空いてますね? あと○曜もね。在宅はかなり入るんですか?」


さきほどからの所長の言葉が耳から入って、神経を伝ってようやく脳に到達し、今どんな会話を誰としているか理解し、ようやく適切な回答をチョイスします。

「はい! もう、在宅事件は在宅事件で多いんです。結構これが忙しくって…」

「それは、何とかなりますよね」

所長は、こともなげに言いました。


「さっそく、明日、家事部の方にも話をおろしておきますから」


■□■□■□■□■□


次の日


「失礼します」

部屋で仕事をしていると、家事部の書記官が入ってきました。

「家事部の○○です。ジェイさんの係になりました。」

「え…」

顔を上げると、書記官に続いて調停委員が中腰の姿勢で入ってきます。


「さっそく相談です」



いよいよ裁判員裁判が始まります。




テレビや新聞でも毎日のように取り上げられています。




始まると言っても、全部の裁判が裁判員裁判になるわけではないので、対象事件でない事件は、今までどおりに進められます。




対象事件であっても、いきなり明日から審理に入るわけではないので、実際、裁判員の候補者の皆さんが裁判所の構内に足を踏み入れることになるのは、もうちょっと先ですね。






ただ、第一号事件は、嫌でももうすぐわかるわけですね。


ま、われわれもフツーにカラオケに行ったり、します。

1次会でいきなりカラオケBOXということもありますが(これは修習生連れだとたまにあるパターンです)、やっぱり行くとしたら、2次会か3次会が多いですな。


「ジェイ君まだ曲を入れてないだろう? はやく入れなよ」


目の前に分厚いカラオケ曲のリストが回ってきました。


「はぁ…じゃ入れますよ…ええと…はい…転送!」と言いながらリモコンでリクエスト番号を入れます。


やがて、順番が回ってきて、マイクを握り、立ち上がります。






「な、なんだ今のその曲?!」


「知らないんですか?」


「ほんとにそんな歌詞なの? なんだかいやらしいなあ」


「ちゃんと歌詞が画面に出ていたじゃないですか~ 別にいやらしくありませんよ~ ほんとに知らないんですか?」


「少年の間で流行ってるの?」


「今は流行ってませんよ。昔の曲です。今の少年でこれを知ってるなら、それは真面目な音楽ファンです」


もう次の順番の人のリクエスト曲がかかり始めましたが、部長はこっちを見て「一体なんて人が歌っているの? グループ?」と大声で聞いてきました。


こっちも大声を張り上げます。


「 R C サ ク セ シ ョ ン  というバンドで~す!」


「はぁ?」


「 い ま わ の き よ し ろ う  が歌ってま~す!」


「え? 今田の…? なに?」


「…わっかんねえのかよ!!」

小声で呟き、隣の人のマイクを取り返して、もう一度立ち上がりました。



愛し合ってるかーーーーーい!!!



「あぁ それなら知ってる…ような気がする」部長の質問はようやく終わりました。


すいぶん前の話ですが……次の飲み会でも、歌うからな。