廊下は結構人が出ていました。


ずらりと調停室が並んでいます。


ええと…家事の書記官が3号って言ってたな…3号、3号…あった!







ちょっと気がひけます。



なんて話をしたもんかな。



少年事件の記録を持って、なぜか家事調停室が並んだフロアの廊下にいる…



「うらやましいなぁ…」と言った○○裁判官の顔が浮かびます。



息を吸って、わざとぞんざいにノックしました。





コンコン  ガチャ!





「あのー」



「あ…あれ? あと5分で調停なんですけど」



「少年係のジェイです…まだ当事者入れてませんよね…ちょっと3分だけいいですか」



「え…あ…ええぇ…」



ひとりで調停室にいたK先生は、わたしの顔を見て呆然としました。


そりゃそうでしょう。


これから調停を始めようと準備していたら、当事者や書記官でもなく、家事係の裁判官でもない、少年係の裁判官がなぜかいきなり入ってきたんですから…。




「先生!」いきなり腰掛けて、差し向かいです。


「…あの、今ですね、少年の付添人を少年友の会に頼もうとしているんです」


じっと先生を見ました。


「記録もここにあります。引き受けてくれる先生には、すぐ読んでいただく用意があります。」


「は、はい…」


「あとでカンファレンスするので、詳しくお話ししますが、ひどい事件なんですけど、かわいそうなとこもある女の子なんです。しかも…」


一気にまくし立てました。


「…親がいない」


「 … 」


「なぜかわたしのところに2回かかって、今回3回目なんです。前回は少年院でした。少年院出てまたすぐやらかしたんです。」


「ひどいですねぇ…」


そう言いながら先生の目は泳いでいます。




「で、今回の審判では、少年友の会の方に立ち会っていただいて、本当なら同席するはずの親に成り代わって彼女に声をかけて欲しいんです。」


「は、はぁ」


「われわれにできることは限られています。大したことはできないです。しかし、まるで肉親のように見てくれる人間も実在するのだと伝えていただきたい…というのがわたしのリクエストです。弁護士ではなく、一般の立場の方から、審判でそのように伝えて欲しいんです。そういう人材をここの少年友の会からあててほしいんです。」


「それは…」


「ついては先生!」


わたしはもう声が大きくなっていました。


「先生は、○月○日の午後1時10分、あいてますかっ?」


「え?」


「この少年の審判の期日なんです」


「は?…え…えっと…あ、あいてます」


「そうですかー! いやあ、もちろんどの調停委員の先生が担当するかは少年友の会で決めていただくんでしょうが、それにしても、ぐーぜんですねぇ!!!」


先生は眼鏡を手でずり上げました。


そしてまじまじとこっちを見て、苦笑しました。


「はは…」


「女性の先生は、是非、鑑別所に通うことをいとわない方に…いや…友の会で決めることなのでおまかせしますけど。」




その時ガチャっとドアが開いて、家事係の書記官が入ってきました。


「あれっ? あのー…ジェイさん?」


「あ…ああーすいません。ちょっとお邪魔して先生と世間話してました。もう調停期日の時間っすね! すいませんすいません…」わたしはあわてて席を立ちました。「いや~K先生お邪魔しました。依頼票はもう先生のキャビネに入れてありますから…あとでカンファレンスの予定を…」




「あの…裁判官…」


K先生も席を立ちました。


「はい?」


「こういう形で友の会にお話をいただくのは初めてです。さきほどの期日はあけます。至急、女性の調停委員も手配します。明日か明後日に裁判官のところに伺うということでよろしいですか?」


きたきた…うれしくなりました。


「ぜひぜひ…いくらでも時間作ります」




すると


「ジェイさん!」


調停室を出ようとすると家事係の書記官が袖を引っ張りました。


「異動ですって?」


「え、ええ」


「もちろん家事係に来てくれるんでしょ!」


「は?」


「だってこうして家事のフロアで調停委員と話し込んでいるんだから」


「ご、ご冗談を…」


「はぁー」


書記官がため息をつきました。


「こうして調停室を回って先生方と打ち合わせしてくれる裁判官、なかなかいないんですよ~」




そ、そうなの?


それは、後学のために覚えておきます…