しゅるり、ふわり、くらり。まるで金魚の優雅な尾びれの様に夜空に似た髪を靡かせ歩く男のくるぶしはきっと鱗に覆われ冷たく光っている。病に痩せ細った雌牛のミルクの様に、薄く透けそうな膚は砂糖と煮詰めた其れよりもずっとずっと甘い馨りを滲ませて何時迄も脳裏に絡み付いて離れない。余りにも美しくて、誰もが振り返るのに当人は諦念滲む老成した眼で何をも見ないものだから、今迄に一体何人の男が、女が、人間が、狂い死んだことだろう。それでも矢張り、彼は興味無さげに髪を弄るだけ。お飾りの青い星。滅多に使わない。
我慢なら忘れた。諦めているだけ。ごく稀に蜜で煮た林檎をねだるだけで他は欲しがらない。欲望も無い。膚の感触が知りたいだけ。それはきっと読書に似ている。足跡の絶えないうなじに刺された十字架が意味するものなんてきっと無いから、彼は生きることにも意味を見出さない。諦めて其処に居る。本を読む様に男を誘う。意味なんて無い。終末だけを夢見た瞳の冴え冴えとした涙色はゆるやかに死んで、死後硬直の溶け出した色のまま其処に収まって、グラスアイ。隔離病棟の漆喰の壁。鳥籠は豪奢、逃げ出す必要も無い。
そんな彼がただひとつ、誰かにこころ動かすとき、
「此のかんばせは美しいか、」
問う。

(はつ恋)