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幸せのはなし その1 

『あなたの “ 幸福度 ” は今、どのくらいでしょうか?』

当たり前の話ですが、こういった質問に対する答えは、
人それぞれに「幸せ」をどう自分の内側に定義するかによります。

僕の定義する幸せが、宝くじに当たることなのだったら、
きっと今週の僕の幸福度は、普段と変わらないでしょう。

僕の定義する幸せが、毎日ご飯を食べられることだったら、
きっと今週の僕は、普段と変わらずに毎日幸福だと思います。

でも、そういった幸福に対する狭義の定義というものは、現実の世界で
長い人生をサヴァイブするには、少し頼りなくて不安になったりもします。

自分自身について考えると、お腹いっぱいになって幸せを感じたら、
次は眠たくなって、さっきとは全く違う種類の幸福を求めるし、
毎日の生活、一日の中の時間でも、常に求める幸せや満足は変化する。

つまるところですね、結局、自分が求めている幸せなんてものには、
元来、まるで実体がないものなのではないかと思うのです。

ただ不思議なことに、人は「自分が今、満たされていない」ということは
なぜかわかる。本当に不思議だけれど、不満というのはなぜかすぐわかる。
わかるというか、感じる。それはきっと誰でもそうだと思う。僕もそうだし。

無気力になったり、つまらない気分になったり、物事を斜めに見たり、
モヤモヤしたり、ストレスがたまったり、心から笑えなくなったり。
怒りや哀しみ、もどかしさ、切なさ、憎しみ、イライラ、むかむか、等々。

それで、そういう心が満たされていない様子を表す言葉はたくさんあるのに、
なぜかその逆の、ハッピーな状態を形容する言葉は、それに比べて少ない。
今までに色んな言葉を知って、何となくそんな気が昔からしていたんですよ。

それは人が幸福な時は、いい意味で、もう全てどうでもよくなっているから、
単純に「幸せ」って表現で!、と便宜的に一括りにするのだと思うのですが、
まあ、自分の気持ちが不満ではない時に、僕らはわざわざ論理的に系統立てて
自分は今は何がどう良くて幸福なんです、という説明はあまりしませんよね。

だから僕は、「幸せって一体何なんだ?」なんて考えたりする時、
ある時を境に、それについて深く考えることはやめてしまいました。

諦めたのではなくて、なんというか、考えて、考えて、ちょっと休んで、
また考えたら、ある時、ふっと答えが空から降ってきたような感じ。
それは結論という完全な終わりではないけれど、まあひとつの区切りとして。

先に述べたように、幸福というものにはたくさんの状態があるのだから、
上手に言葉で説明したり、頭で考えてその状態になれるものでもないし、、
ずっと同じ状態の満足が続くものでもない。だから考えても意味がない。

意味がないというと語弊がありますが、あえて言葉にするなら、僕の場合、
日常のあらゆる瞬間、あらゆる状況下において、幸せでいようとする時に
考えているというか、ひとつだけ意識して行なっていることがあります。

それは、、、

(続く...)