盲ろう教育の源流に記念碑
築地の「楽善会訓盲院」跡地近く

明治時代、目や耳が不自由な子どもたちが学んだ学校が築地にあった。東日本初の盲ろう学校で、日本語の点字を考案するなど障害児教育の先駆けといえる存在だった。学校は移転して当時の面影は残っていないが、今年が開校130年にあたることから、卒業生らが跡地近くに記念碑を建て、11月1日に除幕式を開く。
(10月31日(日)朝日新聞東京版記事から引用)
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明治13年(1880年)2月に盲生2人、6月に唖生2人が入学して授業が始まったそうです。
現在の筑波大学附属聴覚特別支援学校(市川市)の前身です。