約1年ぶりの武道館です。
昨年は220ツアーの果ての武道館でした。
220ツアーは思い出が多すぎたのと、初めての武道館ということで感慨深いものもあり、オープニングから泣きそうでした。

さて、今回は……?





病気が発覚してからというもの
長時間立っていることが出来なくなった、というのは何度かここに記している気がします。
なので、昨年同様始発は避けました。
立ってる時間が増えるので。しかしそれが誤算でした……

月曜の平日、出勤ラッシュに襲われ
傷口が開く(と言ってもたいした傷ではないはず)感覚が。

人混みというおまけまで背負って、乗り換えなしの電車を2回降りて見送ることに。
グッズを一緒に並んでくれる友人に謝り倒して、ベンチで冷や汗を拭っていました。

そしてグッズ列。12月下旬並の寒さの中でしたが話してたりすれば5時間なんてあっという間←

何より途中まで座れていたので、立ちっぱなしの苦痛はありませんでした。
が、ここで事件が起きます。やはり心配なので1度お手洗いに席を立つと、やはり出血していました。

血の気が一気に引いてパニック。
同時に、なんで今日なんだよ……という自責の念に駆られ、病院と母に連絡。
どうしてもここに居たくて、最後まで見届けたくて、幸いにも痛みだけなかったので状況を説明したあと、少し様子を見ることに。

この後も出血が酷いようなら、ドクターストップも視野にいれないと、と。

それだけは嫌だな、と思いつつ
頼まれたものを含めグッズを買って、座れる所で開封←






最新のフィギュアスタンドキーホルダーと
ピンポス。日替わり、ハロショの特典写真。
はぁあああ由加ちゃん可愛い……


回復してきたメンタルと体力を気遣ってくれる友人ありがとう;_;)



入場時は久しぶりに会う人達だらけで(まぁ入院してたからなんですけど)ちょっとずつテンション上がってきました。

2階席のファミ席だったけど真正面の南側だったので見やすかったです(*´ω`*)

結果として言うと


植村あかりさん、優勝。
いやなんだろこの美貌。やばい。かんっっっぺきに仕上げてきましたよこの方!!
18歳とは思えないし、モニター抜かれた時すべて優勝。ありがとう。←













嘘ですやっぱり
宮崎さんです。

フェイクがある歌が序盤にあるんですけど、安定してきたと思うし、ソロパートの多い「この世界は捨てたもんじゃない」のソロパートめっちゃ伸び伸び歌ってておじさん泣きそうになりました。

やっぱり魅せてくれるなぁと
この人の最後までを、ちゃんと見届けたいなぁと改めて思った1日でした。






そして唯一問題だった、増員の影響。
漸く、というかほんとに漸くなんですけど。
7人になってから出来た曲は、それはそれとして良い、と思えるようになり
7人は7人として、見守っていけたらなと思えるようになりました。

かといって、5人より7人の方が良いとはまだ到底思えないし、7人になって良かったとも、まだ大声で言えません。
だけど、5人は5人のままが良かったという思いと、ふたりが来たことで5人はさらにパワーアップした、とは思います。

5人と過ごした時間に代わりがないのなら
5人と過ごした時間と同じ時間を7人のJuice=Juiceを見ていけたら、もしかしたら今のことをいつか笑い話に出来る日が来るのかも知れません。


もう、5人のままが良かったとは言いません。
それは僕の中に仕舞っておきます。
そして7人は7人として、これが由加ちゃんの好きな今のJuice=Juiceなんだな、と愛していけたらいいなと思います。


だから年齢制限とか関係なしにいつまでもJuice=Juiceを続けてくれ。
それだけは最後の悪足掻きで願い続けていきたいと思います。





TOKYOグライダー結構好きなので音源化して欲しい。








アリーナにいた友人に銀テープ貰えて幸せです(*´ω`*)
体調崩してさえ無ければ一緒にご飯行きたかった……


瀕死の状態で妹氏が仕事終わった渋谷で合流して帰路につきました。。

次の日病院で「良くあること」で済まされてしまったのですが、出血の量でしばらく安静にしつつ。。




初めてサトヤマバスツアーで出会って出会ってから、まる5年が経ちました。
何も知らないまま、居るのはもったいないとインスピレーション感じたのでしょうか。

あの日交わした会話も、今でも鮮明に憶えていて、あれから考えたら5年という月日はこんなにも環境を変えるのだなぁと感慨深くなったりします。


確かヲタク……いやファンの人の前に出るのが2回目くらいだったかな?
一緒に組んでた矢島舞美さんとのそば打ち、楽しかったのを覚えてる。
そん時はまだJuice=Juiceに選ばれるとか、そういうのは全然なくて
ダンス苦手って言ってたし、メンバーに選ばれてから増えたっていうレッスンもまだ週一くらいだったっけな。

それでもどうにも

初めて会った時から気になっていて
次に会った時は好きになっていた。


僕の好きな「デビルズライン」という漫画の言葉だけど、ホントにそう。



お互い緊張して、人見知りだったのにね←





今ではすっかり綺麗なお姉さんで
変わらずあなたの魅力にやられています。
たぶんこんなに好きなの、他に居ない。

だってそうじゃなきゃ
年に何回も石川県遠征したりしないし。










そんな節目に届きました。
ありがとうございます。これからも、まだ、もう少し、ちゃんと辿る道を見守りたい。




父の命日から2年が経ち、3回忌の法事を終えて今日は日中病院に行ってきました。
障害の方です。まだまだ一般の理解が少なく、人に話す時にも躊躇われます。

その前日はヲタク友達の東京観光に付き合いいろんな所に行きました。
所謂聖地巡礼ってやつです。

アプカミでお馴染みくろっきセンセイのお店、京寿々に行き、モーニング娘。カフェに行き、研修生の舞台に行くというのでお見送りをして、自分はハロショ秋葉原でのトークイベントへ。

最後の方での話でようやく自分の身体に出来た障害の話をして。


この話をする時
心配して欲しいとか、可哀想と思って欲しいとか、そういうのは無くて。
だから話す時いつも躊躇われるのですが、変に気を遣う訳でもなく接してくれて良かったです。




ですが、イベントやライブに行く際は障害者席というか優先的な場所に案内してもらうようになりました。

例えばスタンディングのライブでの椅子の手配。座りか立ちかが抽選になってしまうトークイベント。
歩いてたり動いてれば平気なのですが、3回忌の時、ものの5分も立ち続けることが出来ず
呼吸が苦しくなったりしました。

その事があるので必ず座っていなければならないのです。
かと言って、座りっぱなしでも座った時に障害の違和感が気になってしまう。




じゃあもう行かなきゃいいじゃん


と、言われてしまっても仕方ないかもしれません。

見た目は健常者と同じなのですから。
そして普通に見えるが故に、「前に来てた時は普通に立っていたりしてたのに、今更障害者扱いされてるのはおかしい」と、そう思う人も出てくるかもしれません。

それは憶測であり、ただの自分の過剰な被害妄想でもあります。


ただ

誰とも言えない視線が怖い。
それは全く知らない人、何度か顔を見かけた人、何度か話したことがある人、イベントなどに行けば必ず声をかけていた人。
様々な視線が、自意識過剰であっても良くないことを想像させて怖いです。


今さら
人付き合いの下手さに困惑してしまうなんて。





これを機に、様々な人から離れて仕舞えば
こんな想いもしないで済むのかな。






病院に行く途中。いつも付き添ってくれる母がぽつりと「3回忌まではしっかりやるつもりでいた。だけど、この先ただ歳をとるだけの人生を共に生きるだけな毎日が申し訳無くて居なくなりたい」なんて。

それはそっくりそのまま自分の言葉な気がした

病気とは言え、休職にならなかった仕事を退職して、治療に専念して、と言われても毎日を何も無く生きている。

手術が成功したのかもしれないけど
障害を負った身体。なんで生きてるんだろう、って思う日がない事がない。
障害と向き合ってない訳では無いけど、奪われたものの多さに、生きている意味まで失ってしまったら……?

こんな自分が生きているより、母に長生きして欲しい。
たくさん迷惑かけてるのは自分なので
自分が居なくなれば、負担も減るのではないんだろうか。

20代の頃は挫けそうなことがある度使っていた「死にたい」という言葉が
今、