とにかくは原発を使わないですむ社会を目指しませんか!
それはきっと「豊かな生活」「平和」「幸福」を見つめなおす事でもあります。
今、私たちが平気で享受している全ての「文明」、「進歩」と言う名のもとに追い続けてきた
「幸福」らしきものを考え直す必要があります。そして具体的に私たちの足元の生活の仕方
をやり直す必要があります。
「想定外」と言う言い訳は想定外!!でした。
それにしても、それだけのイメージで「原発」を動かしていたということです。
阪神大震災やその前の震災が震度7だったから「それに対応した」ということは
あまりにお粗末ではありませんか?「地震」そのものは災害ではなく、地球の普通の
自然活動です。それに私たちがどれくらい謙虚に向かい合っているか!!がいつも
問われています。
人間が奢った想いでこの地球上で生きていることを今回もまた思い知っているに過ぎ
ません。
「文明」と言う名の人間社会はまたきっと跡形もなくなるに違いありません。
TVでコメントする偉い学者の方々の殆どが「原発」を推進してきた方たちであった事も
含めこれからも、日本人をはじめ「原発」を頼りに消費社会を加速させ「文明」と言う名の
「人間の奢りの象徴社会」の中に私たちは生きていくようです。
それより地球と言う星にとって全くの新参者がこれほどの自分の生きる地球で自然破壊
を繰り返しているのです。あまりに人類は理不尽な存在であるに違いありません。
「原発」を自らの地域に誘致してはばからなかった、しかし、あの原発事故でどれだけの
動植物が息の根を止められたか!!
「出荷制限」「摂取制限」は人間の勝手ですが、制限された命あるものたちへのどんな補償が
あるのでしょうか?
「人間の果てしない欲と消費」のために鎖につながれて「乳」を絞られるだけ絞られてきた「牛」
たち、20キロ圏内の牛乳は廃棄処分!!勝手なものです。
被爆している牛たちへの償いはあるのですか?それとも又、大量処分と言う名の殺戮ですか??
人間のおろかな「文明」による犠牲者たちには目を向けない人間と言う名の生命体。
「弱いもの」「強いもの」・・・そして「優しさ」などの言葉が生まれたのは、いかに人間がそういう
言葉にふさわしくない存在であるか!を示しています。
人間が生まれたの事が地球と言う星にとって「想定外」の出来事だったのです。
もう、「少しの」謙虚さでは足りなくなっている事だけはたしかです。