被災地へイキ続ける・・・①
東日本大震災の被災地 石巻市へ行ってた。
4月7日~4月9日の3日間
実際には正味一日だけの活動ではあった
出発直前 現地で起きた震度6弱の余震の影響により
高速道路が通行止めになり 通常6~7時間の行程が 12時間以上かかってしまったからである
しかし その一日が 今後の在り方を決定づけてしまうであろう一日になった
タイトルに…①とつけたのは 不定期になるけれども
被災地に行き 被災された方々と会話し 今この時 支援を必要としている人々を探し 助け
復興に少しだけでも貢献し続け 復興がなった時に 嬉し涙を流せる
そうありたいと思ったからで 何回になるか分からないながらも
続き番号を付けずにはいられなかった
そもそも このブログは 洋服屋さん selectshopB.B.のブログであって
洋服を紹介したり お店を紹介したり プロヴァンスの紹介したり・・・・
そんなことをするための物である 実際問題 お店も結構なダメージを受けており
先行き不透明どころか 先行き真っ暗という事態である
1000年に1度の災害が 先進国を自負するわが日本国で起こったこの事実
胸に去来する思いは 日々変わるのかもしれない
そんな思いを残しておくのは 自分にとって周りの人々にとって有意義であろうことを願う
目を覆う惨状
これで震災後1ヶ月なのか・・・

あたりに立ち込める 潮と混ざり合った何ともいえない匂い 砂埃

ニュース等で 何度も流された映像
だけれども実際に目にすると 腹の上の方がキューッとなる
百聞は一見にしかずとはこのことである
非難はあるかもしれないが もし状況が許されるのであれば
支援活動でなくとも 惨状を目にするために現地に赴くことを奨めたい
その時に胸に去来するものはなんなのか?
自分に問いかけてみることもまた 大きく日本復興のための一原動力になる筈である。
尚、現地に行く時は 必ず自己完結できるように準備していくことは最低限必要である。

さて 現地での活動については
三鷹JC 八王子JC OB諸氏の方々のご尽力が極めて大であった
まずもって 大きな組織力とネットワーク
そして何よりも 大きく気高い情熱が必要であることは間違いない

支援活動・ボランティア活動の難しさは
こちらの善意が 先方での迷惑になることにつきる
実際我々も JCを離れたところでの支援活動では
いくつかの避難所で申し入れを断られた
事前の調査もせずに 脊髄反射で行った活動である
今考えると身勝手極まりない話だが
モチベーション維持の難しさを身をもって体験した訳である
その後 渡波駅周辺で声掛けをし ニーズを集め 何時に戻ってくると約束し
物資を配達したことで 我々のモチベーションはMAXへと高まった訳だが・・・
またボランティア団体同士での大小様々なイザコザというのも少なからず感じた
ある避難場所へ 物資を届けに行った際
我々の物資を非難交じりの目線で撮影する某団体がいた
許可を取っているのか?というような言葉も受けた
そこをとあるNPO団体の方でJCOBの方が間を取り持ってくれた
冗談を混ぜながら相手方を和ませる
普段であれば 非常にくだらないレベルの話であり 被災された方の前で
するようなやり取りでもない
しかしながら善意の鎧を纏っている人が殆どである
ともすれば 悪魔のいざこざよりも性質が悪い
双方が正義と無償の奉仕を旗印に活動しているのである
正義VS正義は・・・・・ 見るも無残なものである
それを十分わかっているベテランの方は 非常に気を使っている
特に我々のような一回の滞在が短期間の場合、跡を濁すことで
被災された方または長期間、その地で支援される方々に不愉快な思いや軋轢を残してはならない
今回の活動は 自分にとっては人生観を変える程のものとなり
実際には現地の方々の為になったことよりも 自分の糧になったことの方が大きく
非常に申し訳なく思う次第である
これを機に 仲間うちでは長期に及ぶ支援活動の母体づくりをしたいという
声も上がり ある意味 停滞していたここ10数年の気分的な不景気感から脱出しつつある
これからどういう方向になるか分からない
次も石巻市に行きたいが メジャーな被災地よりもマイナーな被災地にこそ
我々のような機動力に特化した部隊は必要とされているのでないか?とも思う
何にせよ 1~2年ですべてが終わるようなものではない
復興したときに 当事者であるか第三者であるか この違いは大きい
一緒に活動した人から 教えてもらった言葉
『 やらない善より やる偽善 』
俺の偽善が 誰かを救えるならば それはそれでいいではないか!

4月7日~4月9日の3日間
実際には正味一日だけの活動ではあった
出発直前 現地で起きた震度6弱の余震の影響により
高速道路が通行止めになり 通常6~7時間の行程が 12時間以上かかってしまったからである
しかし その一日が 今後の在り方を決定づけてしまうであろう一日になった
タイトルに…①とつけたのは 不定期になるけれども
被災地に行き 被災された方々と会話し 今この時 支援を必要としている人々を探し 助け
復興に少しだけでも貢献し続け 復興がなった時に 嬉し涙を流せる
そうありたいと思ったからで 何回になるか分からないながらも
続き番号を付けずにはいられなかった
そもそも このブログは 洋服屋さん selectshopB.B.のブログであって
洋服を紹介したり お店を紹介したり プロヴァンスの紹介したり・・・・
そんなことをするための物である 実際問題 お店も結構なダメージを受けており
先行き不透明どころか 先行き真っ暗という事態である
1000年に1度の災害が 先進国を自負するわが日本国で起こったこの事実
胸に去来する思いは 日々変わるのかもしれない
そんな思いを残しておくのは 自分にとって周りの人々にとって有意義であろうことを願う
目を覆う惨状
これで震災後1ヶ月なのか・・・

あたりに立ち込める 潮と混ざり合った何ともいえない匂い 砂埃

ニュース等で 何度も流された映像
だけれども実際に目にすると 腹の上の方がキューッとなる
百聞は一見にしかずとはこのことである
非難はあるかもしれないが もし状況が許されるのであれば
支援活動でなくとも 惨状を目にするために現地に赴くことを奨めたい
その時に胸に去来するものはなんなのか?
自分に問いかけてみることもまた 大きく日本復興のための一原動力になる筈である。
尚、現地に行く時は 必ず自己完結できるように準備していくことは最低限必要である。

さて 現地での活動については
三鷹JC 八王子JC OB諸氏の方々のご尽力が極めて大であった
まずもって 大きな組織力とネットワーク
そして何よりも 大きく気高い情熱が必要であることは間違いない

支援活動・ボランティア活動の難しさは
こちらの善意が 先方での迷惑になることにつきる
実際我々も JCを離れたところでの支援活動では
いくつかの避難所で申し入れを断られた
事前の調査もせずに 脊髄反射で行った活動である
今考えると身勝手極まりない話だが
モチベーション維持の難しさを身をもって体験した訳である
その後 渡波駅周辺で声掛けをし ニーズを集め 何時に戻ってくると約束し
物資を配達したことで 我々のモチベーションはMAXへと高まった訳だが・・・
またボランティア団体同士での大小様々なイザコザというのも少なからず感じた
ある避難場所へ 物資を届けに行った際
我々の物資を非難交じりの目線で撮影する某団体がいた
許可を取っているのか?というような言葉も受けた
そこをとあるNPO団体の方でJCOBの方が間を取り持ってくれた
冗談を混ぜながら相手方を和ませる
普段であれば 非常にくだらないレベルの話であり 被災された方の前で
するようなやり取りでもない
しかしながら善意の鎧を纏っている人が殆どである
ともすれば 悪魔のいざこざよりも性質が悪い
双方が正義と無償の奉仕を旗印に活動しているのである
正義VS正義は・・・・・ 見るも無残なものである
それを十分わかっているベテランの方は 非常に気を使っている
特に我々のような一回の滞在が短期間の場合、跡を濁すことで
被災された方または長期間、その地で支援される方々に不愉快な思いや軋轢を残してはならない
今回の活動は 自分にとっては人生観を変える程のものとなり
実際には現地の方々の為になったことよりも 自分の糧になったことの方が大きく
非常に申し訳なく思う次第である
これを機に 仲間うちでは長期に及ぶ支援活動の母体づくりをしたいという
声も上がり ある意味 停滞していたここ10数年の気分的な不景気感から脱出しつつある
これからどういう方向になるか分からない
次も石巻市に行きたいが メジャーな被災地よりもマイナーな被災地にこそ
我々のような機動力に特化した部隊は必要とされているのでないか?とも思う
何にせよ 1~2年ですべてが終わるようなものではない
復興したときに 当事者であるか第三者であるか この違いは大きい
一緒に活動した人から 教えてもらった言葉
『 やらない善より やる偽善 』
俺の偽善が 誰かを救えるならば それはそれでいいではないか!
