久し振りに書こう。

書かなきゃ生きていけない人間なんだからまめに記録しよう。



実家に行ってきて、もう一回行き直そうと考えている。昨日夢の中で焼き鯛が七匹、大きい鯉一匹が出て来た。どれも新鮮で美味しそう。どんな意味なのかわからないけど、きっといい意味だろう。信じよう。根拠のない自信を持とう。


実家に帰る前にひどく思い詰めて死のう死のうばっかり考えていた。練炭などを調べてて、卑怯にこの世から逃げようと真面目に考えていた。でも実家に帰ったら老いが進んでも堅実に生きる母親の姿を見ていると、自分のことが恥ずかしくては情けなくて、まだ何も成し遂げていないくせに気持ちが負けてしまって、親を悲しませるようなことをしようとした。


弱すぎるじゃないか。


負けを認める前にせめて一反撃でもしとかないと、何のために生きているかわからなくなる。


引きこもりに飽きた。
虚無な生に飽きた。
ゴールデンボンバーに頼って、ゴールデンボンバーの成功を妬む自分に飽きた。



やりたいことを実行したい。
バンバン体を動かして美しい肉体を手に入れるのだ。
話上手になりたいから今は話し方を練習する。


人を羨むだけで終わるのはもうやだ。
私の夢はもう誰にも渡さない。
実践できるのは私だけだ。



早起きして朝日を浴び続けろ。
土を踏んで蹴って前へ進もう。
好きな人に告白してみる。
尽くしすぎないで我慢はさせる。


私は耐えるために生まれたわけじゃない。
虐げられるために生きているではない。

私の体は不自由なわけではない。

歩けるし、走れるし、高く遠く跳べないけど、一応できる。

てか、極めて普通。


しかしなぜか、

昔から友達はスポーツマン(ウーマン)が多い。

バレーボールとか、水泳とか、バスケットボールとか、諸々ある。

全国レベルの試合に出ても、賞取れるぐらいなレベルの人たちばっかり。

断らない主義だから、

誘われたら全部行く。


彼らと比べたら、私はただの身障者だよ。

比べものにならない。

でも最後まで付き合う体力だけある。

いくらやっても私だけ上達しない。


そういう才能が生まれてこなかったから仕方ないかもしれないが、

結構運動能力に対するコンプレックスは強いほう。

それでも好きなんだよ。

スポーツ堪能な人って明るい人が多いから、

一緒にいて、

根暗のわたくしは照らされたような気がする。

なんかひとつでもすごくうまくなれたらどんなにうれしいことだろう。


昨日は旧友と朝方までおしゃべりして、もちろん今日は早起きできなかった。

母親との葛藤を深く悩んでいる私を優しくなだめてくれた。昔なら素直に喜べただろうが、今回は友人がより高い位置で私を眺めるような態度について少し引け目を感じた。

私はいつまでも幼稚で成長しないことに気付いた。母親はもう変える可能性がないのに、しつこく彼女を私がほしいコミュニケーションの取り方を要求しても、それは揉めるしかないじゃないか。いろんなひどいことされたのは確かにそうだけど、面倒は見てくれた。足りないけど、微量の愛情も注いでくれた。どうして現実を受け入れないの?

私はいつまでも慰めてほしいような人間にはなりたくない。でも不満を思ってることを変えられる力はまだ持ってない。それを隠して感謝感激ばっかり言うような胡散臭い人間になる気はさらさらない。


だから、自分の心を誠実に見つめている。汚れを少しずつ洗い落とすのだ。暴言を吐き出すかもしれないが、そう思っているからもう隠したくない。より実用的な人間になるのは今私の願いなのだ。

わたしの歯はとても綺麗になった。次は心だ。人生を整理整頓して再出発するのさ。