今日はmixiニュースで好きな椎名林檎さんの作品というのがあった。


選ばれたものは「ありあまる富」以外全部初期作品だった。


えっぱりそう思うのは私だけではなかったな。


彼女の初期作品はこよなく愛するけど、


東京事変二軍以後はどうしても共感できなくなることが多く。


ついつい離れてしまった。


一生を貫いて誰かを愛することの難しさを改めて思い知らされた。


これは椎名林檎さんにたいしてだけではなく、


マリスミゼルさんやラルクさんに対してもそう。


やっぱり私の耳はある時期の彼らの音楽しか感銘を受けられないなと思う。


そして同じような思いをする


椎名林檎さんに戻るけど。


初期のときやっぱその素直な女心を歌うことが可愛い。


歌詞は今ほど洗練されてないけど、


すごみがある。


執着心、怨念っぽいところを真っ直ぐに歌っていて、


この人一体何を伝えたいだろうと思いながらも、


心が動かされてしまう。



愛の歌でもなく、世の中のためにどうにかしたいわけでもなく、


ただこの一瞬感じた寂しさを迫力のある声で歌ってくれただけ。


それだけで感動する。


似ているような感覚私のなかにもあるなと共感する。


それで有名になって、お金もがぽがぽ入って、


世間からの評価、緊迫の目線に追われ、


考え方はどうしても変わってしまう。


いわゆるプロ意識があって、


楽器や外見などを磨いて、


お金使って、


悪い言い方だとちょっと格好つけることに時間と勢力を費やして、


今のとても美しい椎名林檎さんになった。


でも彼女がいくら歌っても、


もう私は感動できない。


でも愛してるからやっぱり買わなきゃ、聞かなきゃという強迫観念いつしかなってしまった。


最初はどんな曲の中に混ざっても、彼女が歌いだすと、


自動的に耳を澄まして聞き入ってしまう自分がいた。


段々彼女の新曲だから、ファンとして意識を集中して聞かなきゃ失格だ。


しかし、いくら歌詞や曲に集中しようとしても、


ついつい気が散ってしまうようになる。


私、最低だな。自分がレベル低いから今の彼女についていけないのかなと自分を責めたりもする。


でもやっぱっり音楽は楽しむものだから、


楽しめなきゃ、無理して聞くほどのものではないじゃないかと正直に心と向き合った。


あぁ、好きじゃないのよ。今のは。


というのは、翔さん最近もエンターテイメントや音楽、映画など勉強しているらしい。


それはとてもいいこと。


勉強はいつでも大事。


でも音楽に対して是非いつまでも誠実に、素直に歌っていて欲しい。


まぁ、もちろおん私そんなこと言う資格はないけれど、


どんなジャンルでも人を感動させることができなくなると、


いくら格好よく飾っても終わりだよ。


人間はやっぱり心よ。