こんにちは。今年最後の記事となりました。
野球チームを選ぶということ、こうやってアウトプットしてみると
いろんな視点があるなと思います。
物理的な環境はいろいろと書いてきましたが、
そもそもなぜ野球をやらせているの?
部活でいいじゃない、チームを決めるなんて、大層な…と思う方もいますし
私の考えを書いておこうと思います。
私は、中学時代というのは人間形成に極めて重要な時期である、ととらえています。
これは自分の経験が大きくかかわっていますが、中学になると自分の世界が強くなり、
親や先生とは距離が遠くなります。
思春期や反抗期というのは、人間が自我に目覚め、精神的な成長を遂げる上で
欠かせない時期です。
それを理解した周りの大人が、必要に応じてサポートする、見守ることが必要となります。
ところが、学校では先生を選べません。
「たまたまいい先生」「子どもに合った先生」がいればラッキーです。
私もすごく反抗していた中二時代、担任とは全く折り合いがつかなかったのですが、
私の言動に対して、向き合って、指導してくださった先生がいました。
その先生とは全く接点がなかったのに、突然話すことになり面食らったのを覚えています。
そして、その先生のおっしゃることに納得し、自分の態度を見直すことになりました。
中3になり、その先生が担任となってくださいました。
学校での気持ちは安定し、高校受験に向かうことができたのはその先生のおかげといってよいでしょう。
息子のことでいうと、息子はあまり大人の懐に飛び込めるタイプではないのですが、
信頼できる大人なのか、言動一致しているか、というのはよく見ています。
野球はできる方と自負し、高校は推薦で強豪校へ、という目標を持っています。
しかし、人生は野球だけではないこともなんとなくわかっているようです。
プロに行けるのはごくごく一握り。どんなに才能があっても、ケガや自分の取り組みで思うようにならない。
長い目で見て、野球は続けられればいいが、
それ以上に仕事をちゃんとする大人になればいいな、と漠然とは感じているのです。
(私が伝えているのですが…)
だからこそ、よい指導者、よい保護者集団という大人の目がしっかりしていることが重要と思っています。
野球を通じた人間形成がしっかりできることが人生において大事なのです。
高校では完全に競争主体になるため、中学時代が親の目が届く最後のチャンスではないでしょうか。
もちろん、野球をしっかり指導してくださることも重要ですが、レギュラーを獲る、大会で優勝する、
ということを第一義に置くと、どこか歪になってしまうのでは。
親の都合で強くしたいとか、監督が自分の野球観だけを押し付ける、というのは子どもは敏感に感じ取ります。
その下で育つ子どもが「自分がレギュラーになれればいい」「野球以外のことは優先低い」と考えがちに
なってしまうのは嫌なんですよね。
自分の生活を犠牲にしすぎず、野球にもしっかり打ち込める。
親も、変な組織の縛りでストレスを感じすぎることなく、子どもを応援できる。
その結果、野球を楽しみ、上達して、高校や大学でも活躍したり、打ち込めることを見つけられると
いいと願っています。
では、ここまで読んでくださってありがとうございました。
来年もまたよろしくお願い申し上げます。