ジョン・レノンの曲の中に、それほど有名ではないのですが、私がとっても大好きな「Nobody Loves You」という曲があります。「Walls And Bridges」に実質的ラスト・ナンバーとして収録されている感動溢れる曲です。その曲の一節に「I'll scratch your back, and you scratch mine」というフレーズが出て来ます。「君の背中を掻いてあげるから、ぼくのも掻いてくれ」、転じて「持ちつもたれつ」「お互いさま」といった慣用句で、曲の素晴らしさもあったものですから、すごく印象に残ったフレーズでした。

元ジェネシスというよりは、80年代のソロ活動の方が今や有名になった感のあるピーター・ガブリエルの02年以来となる新作は、このフレーズをタイトルに使い、なんと全曲カヴァーという作品でした。昨日のパティ・スミスの記事で思わせぶりに触れていたアルバムです。

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Scratch My Back / Peter Gabriel

10年発表

デヴィッド・ボウイ、ポール・サイモン、ルー・リード、ニール・ヤング、トーキング・ヘッズといった、私たち世代が良く知ってるアーティストのナンバーもあれば、レイディオヘッド、アーケード・ファイアといった若手の曲も取り上げており、ガブリエルの広い音楽性がしのばれる素晴らしい選曲です。

そして、さらに今回ガブリエルの背中を掻いてくれた人たちが、今度はガブリエルの背中を掻く計画も立てられているそうで、上記のアーティストによるガブリエルのカヴァーを、近い将来、楽しめることになりそうです。

さらに、今回のアルバムは、「してはならないこと」を示された方がクリエイティヴになれるというポリシーの元、なんと、ドラムとギターを排除したアレンジで全編通されています。使われているのは、オーケストラのストリングスとピアノのみという、歌付きのクラシックという感じで、最初は随分戸惑いました。

しかし、この制約が逆に、オリジナル曲の雰囲気を打ち消し、馴染みのあるガブリエルのヴォーカルにぐっとスコープされ、全曲、ガブリエルの世界に取り込んでしまっているという離れ業をやってのけたという感じです。ああ、確かにあの曲だぁと思う一方、ガブリエルの世界を十二分に楽しめる、これまでの他のアーティストのカヴァー・アルバムとは一線を画する作品でした。

ストリングスだけのバックということで、最初は買おうかどうしようかなぁと思いましたが、ポール・マッカトニーが「Yesterday」や「Eleanor Rigby」みたいな曲で全編通すアルバムを発表しても、喜んで聴くだろうなと思いゲットしました。聴けば聴くほどに味の出て来るスルメ・アルバムで、最近、気に入ってます。

曲名の後の( )内は、オリジナル・ヴァージョンのアーティストです。

① Heroes (David Bowie)
 先日もアルバムをご紹介したデヴィッド・ボウイのベルリン三部作の2枚目「Heroes」のアルバム・タイトル・ナンバー。PVはハイチ地震チャリティ用の映像となってます。


② The Boys in the Bubble (Paul Simon)
 ポール・サイモンがアフリカン・ミュージックを大胆に取り入れた「Graceland」収録曲。パティ・スミスもこの曲をカヴァーしてました。玄人人気が高いようです。

③ Mirrorball (Elbow)
 UKは栄光のマンチェスター出身のエルボーの08年の作品から。オーケストラをバックに歌うガブリエル、堂々としてます。

④ Flume (Bon Iver)
 USのジャスティン・ヴァーノンというシンガー・ソングライターが中心となったプロジェクトの曲。これも08年に発表された新しいナンバー。

⑤ Listening Wind (Talking Heads)
 こちらもトーキング・ヘッズがアフリカン・リズムを大胆に取り入れた「Remain in Light」収録の作品。ガブリエルもアルバム「So」でアフリカン・ミュージックへのアプローチをしており、こういう形で再度接近し合うのは面白いですね。
http://www.youtube.com/watch?v=RZ2omdkdk2k&feature=related

⑥ The Power of Your Heart (Lou Reed)
 ルー・リードの曲は、最近ツアーで披露している曲で、現時点ではアルバム未収録の曲だそうです。ルーのヴァージョンも聴きたくなる、なかなか良くできたナンバーです。
http://www.youtube.com/watch?v=icI7M52Lp8s&feature=related

⑦ My Body Is a Cage (Arcade Fire)
 昨年暮れの各音楽雑誌の「00年代を代表するアルバム」で高い評価を受けていた「Funeral」を創り上げた、カナダ出身のアーケイド・ファイアのナンバー。07年の「Neon Bible」に収録されているそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=ev67C7Gts6Y&feature=related

⑧ The Book of Love (The Magnetic Fields)
 LAを中心に活動するザ・マグネティック・フィールズが99年に発表したナンバー。

⑨ I Think It,s Going to Rain Today (Randy Newman)
 USのシンガー・ソングライター、ランディ・ニューマンの、68年のデビュー作からのカヴァー。美しく響くピアノをバックにしたアレンジで、とっても心が安らぐナンバーです。
http://www.youtube.com/watch?v=yLPKhj-B5Eo

⑩ Apres Moi(Regina Spektor)
 ロシア出身で、現在はニューヨークを拠点に活動している女性シンガー。これも比較的新しく06年の作品。

⑪ Philadelphia (Neil Young)
 ニール・ヤングの曲は、なんと映画「フィラデルフィア」のサントラからでした。94年の作品。私、この映画見たんですが、ニールの曲が使われていたのは、すっかり忘れておりました。

⑫ Street Spirit (Fade Out) (Radiohead)
 そして、ラストは今や超大物バンドとなったレディオヘッドの2ndアルバム「The Bends」のこれまたラストに収録されていた作品。こちらも、ピアノをメインにフィーチャーし、しっとりと、美しく、かつ、情感のこもったナンバーです。


結構、最近のアーティストの最近の曲や、有名アーティストでも忘れてしまってた曲もあって、カヴァー・アルバムと言っても、馴染みのない曲が多かったのですが、全編通してガブリエルの作品としての統一感があり、これまでにない楽しみ方を味わせてくれたアルバムでした。さらに、今回取り上げたアーティストによるガブリエルのカヴァーがどんな形になるのか、楽しみも残してくれました。

カヴァー・アルバムの新しい形を提起してくれた企画に、満足しております。