遅刻したのは誰のせい?
makotoが通っていた英語学校はボストン・コモンのすぐ近く。
南米系(ブラジル・コロンビア・ベネズエラなど)の学生さんが多く、
日本人は2、3人しかいません。
ある日の出来事・・・
一人の学生(ベネズエラの男の子)が25分以上遅刻して教室に入ろうとしました。
先生は、遅刻に対して厳しめのKen先生。
「それはもう遅刻じゃない、欠席だ。また明日来なさい」
という先生に対して、
「僕が悪いんじゃない、電車が遅れたんだ」
の一点張りの学生。
「だったらもっと早い電車に乗れたはずだよ」
「いつもなら間に合う時間に乗った電車がたまたま遅れただけだよ」
両者の主張は平行線のまま、彼は”ムっ”としてクラスを出て行きました。
次の日・・・
出席を取りながら、先生がその学生さんに
「君は今日は間に合ったね!」と声をかけると、
彼は笑いながら、
「僕は昨日も遅刻してないよ。先生が僕を遅刻にしたんじゃないか」
先生は”なるほど”といった様子で、
「そういう考え方もあるかもね」
それでその件は終わり。
正直なところ、
私にはできないなあ~と思ってしまいました。。。
学生さんの反応も、先生の対応も、
日本人のそれとは全然違うなあ~。
彼らの反応をどうこう言うつもりは全くないけれど、
(Different strokes for different folks.)
これが日本人だったら?と思うと不安になりました。
自分の非を認めて、言い訳はしないのが美徳ですよね?
日本人にとってそれが美徳でも、他の国の人から見たらどう見えるのかしら?
私たち日本人は、どうするんでしょう?どうあるべき?
ちょっとした事だったけれど、
いろんな示唆を含んだ出来事に思えました。
南米系(ブラジル・コロンビア・ベネズエラなど)の学生さんが多く、
日本人は2、3人しかいません。
ある日の出来事・・・
一人の学生(ベネズエラの男の子)が25分以上遅刻して教室に入ろうとしました。
先生は、遅刻に対して厳しめのKen先生。
「それはもう遅刻じゃない、欠席だ。また明日来なさい」
という先生に対して、
「僕が悪いんじゃない、電車が遅れたんだ」
の一点張りの学生。
「だったらもっと早い電車に乗れたはずだよ」
「いつもなら間に合う時間に乗った電車がたまたま遅れただけだよ」
両者の主張は平行線のまま、彼は”ムっ”としてクラスを出て行きました。
次の日・・・
出席を取りながら、先生がその学生さんに
「君は今日は間に合ったね!」と声をかけると、
彼は笑いながら、
「僕は昨日も遅刻してないよ。先生が僕を遅刻にしたんじゃないか」
先生は”なるほど”といった様子で、
「そういう考え方もあるかもね」
それでその件は終わり。
正直なところ、
私にはできないなあ~と思ってしまいました。。。
学生さんの反応も、先生の対応も、
日本人のそれとは全然違うなあ~。
彼らの反応をどうこう言うつもりは全くないけれど、
(Different strokes for different folks.)
これが日本人だったら?と思うと不安になりました。
自分の非を認めて、言い訳はしないのが美徳ですよね?
日本人にとってそれが美徳でも、他の国の人から見たらどう見えるのかしら?
私たち日本人は、どうするんでしょう?どうあるべき?
ちょっとした事だったけれど、
いろんな示唆を含んだ出来事に思えました。