広福女王の広福菜根譚その31


地元広島ファンより親身な在京カープファン



今日2013年5月22日の西武対広島戦は息を呑む投手戦で0-1で広島カープが
パリーグ2位の西武に完封勝ちをするという、守りに弱かったはずのカープが勝つ
という劇的な試合でした。BS朝日の楽天対巨人の試合終了後、チャンネルをNHK
BS1に変えてみるとミコライオの登板、しかし案の定、出塁をし危機一髪、
という感じでしたが、何とか守りきり大竹選手が勝利投手となりました。

実は楽天巨人戦の間、NHKBS1に切り替えて西武広島戦をみていたのですが
首都圏のカープファンのひた向きな応援には本当に驚かされます。最初は地元の
広島ファンと比べると応援テンポが速いなと思ってたくらいなのですが、途中で失速
したとたん、応援する気がなくなる地元広島ファンと比べて首都圏のカープファンは
本当に最後まで見守るという感じです。一体どちらが本筋ファンなのか?
わからなくなります。

在京カープファンの正体



首都圏の在京のファンは広島出身者が主体と思っていたのですが、どうやら
そうではなさそうです。カープ特集の本で関東のカープファンの事が話題になる
事も多いですがファンになった理由に元来、広島出身者だったから、本家など
縁故など広島出身だから、のほかに猛練習するカープの選手を応援したくなって、
とか、赤いユニフォームが格好いいから、スクワット応援が好きだから、というのも
多いみたいです。私が福岡に住んでいた頃も広島カープ選手の出身者が現監督や
前田智徳、緒方孝市など九州の出身者が多かったせいか結構多かったです。が
首都圏は人口規模もさることながら、本家広島や福岡などの九州と違い、ともかく
勝とうか負けようが応援する、って人が多いですね。

本当の広島カープファンはどっち?



地元広島カープファンは戦後まもなくの頃、樽募金などでカープ存続運動を展開し
守りきり1975年に初優勝しますが、それ以降、勝って強くないと応援しない、という
西鉄のあった福岡のファンと同じような気質に変わってしまいました。そしてそれは
現在でも受け継がれ、勝って強くないと本拠地ゲームでも不入りというチームに
なってしまいました。私は福岡の後、広島にも住みましたが、応援が変わった、
というよりも本質的に広島人は福岡などの九州人同様、勝って強くないと応援しない、
そんな人達なのだ、と思います。そんな権威主義的な面は私生活でも現れてました。
普段口では自分は反権威主義だ、と気取るけど実際はまるで正反対で権威に服従
するパターンが多かったのには苦笑してしまいました。それと同時に広島人も福岡人
と同じく強いだの怖いだのは全くの過大評価だと確信したものです。

対して関東首都圏のカープファンは本当に選手に負けず渾身の思いで応援しますね。
全くどっちが本場のカープファンなのか。わけがわからなくなります。

広島地元カープ応援団と関東カープ応援団の不和



また広島の地元カープ応援団も関東のカープ応援団とは一緒に応援したくない、
という話も聞いた事があります。応援テンポが関東の方が速い、ということは前述
しましたが、やはりノリや応援スタイル、迫力などが関東のカープファンに負けてる
事を自覚してるのかもしれません。また在京のカープファンは横浜やヤクルト、ロッテ
の応援団とも友好的で交換エールを行うなど他チームとも友好的である、という話も
聞いています。98年横浜ベイスターズの優勝時、最終戦がカープでベイスターズの
優勝を祝ったとも聞いていますが、その辺りも地元広島の応援団が面白く思わないの
かもしれません。が私からみたら地元広島の応援団やファンの方が偏狭な感じがして
いい気がしませんね。むしろ関東のカープファンや応援団を見習うべきかと思います。

福岡にならい関東に身売りした方がいいのかも



知恵袋では勝てないカープに広島出身者と思われる質問者がカープは解散しろ!とか
福岡のように身売りした方がいい、とかいう質問を結構みかけますが私は今のカープ
をみてると本当にそう思いますね。それくらいしないと広島人はカープの有難みを
理解できない、と思います。カープが身売りする、となると広島の娯楽は本当に
無くなり地元の広島人達もさすがに反省する、と思うのですがいかがでしょうか。
馬鹿は死ななきゃ直らない、という言葉がありますが、それ位の事件にならなければ
広島の人達はカープの存在のありがたさを気づかないと思います。カープの選手達も
広島人と違って親身な関東人の応援に応えるよう奮起するのではないでしょうか。

本当に福岡にあったライオンズのように関東に移転した方がお互いのためにいいと
思うし、本当のファンってどんなものか?考えた方が良いと思います。

今回の広福教訓


いなくなって初めて、その存在のありがたみを知るものだ。