大学を卒業した後、親達の家に戻りました。2008年にアメリカの経済が悪くなりました。という訳で、新卒業生の方にとして就職をするのが難しかったです。バイトしながら、六ヶ月末に、初めての仕事を見つかりました。日本の英会話スクールに申し込んで、面接をして、やっと就職できました。2009年3月英語の教師の仕事のために一人で日本に行きました。これは初めての日本の経験ではありませんでした。三年前に****外国語大学で留学しましたけど、ホーストファミリと住みました。
最初に、2日に**市でトレーニングを行えました。そして、**から会社のコーディネーターが**県の**市まで運転してくれました。そこで、**市教育院会と面接しました。面接中、教育院会の先生からが色々な質問を聞かれました。先生が英語で「日本語を話せますか。」と聞きまして、「はい、日本語を話せます。」日本語で答えました。確かに、先生たちがびっくりした顔をしました。それと、あまり答えたくなかった質問も聞きました。「彼氏いますか。」とか、「どのぐらい日本に住んで欲しいですか。」とか、「日本人の男性と結婚したいですか。」などの変な教育と関係ない質問でした。アメリカでは面接でこのような質問を聞かれたら、多分すぐ後に弁護士を連絡すると思います。しかし、あそこの面接室がアメリカではありませんでした。日本の文化は自分と比べては全然違うのことを悟(さと)りましたので、この失礼な質問を耐(た)えまして、うまくに面接を出来ました。
面接の後に、コーディネーターが新しいアパートに引っ越しを助けてくれました。******に近くあるので「レオパラス****」と言うアパートでした。この****のアパートは一人暮らしの為に相応(ふさわ)しいお部屋でした。アパートにドライヤーとオーブン、アメリカでよく使った電気機械、が入ってなかったです。クッキーを焼くのは残念にゼンゼン出来なかった。オーブンを使われずに新しい料理の方法を習わなければならなかったですけど、最初にあまり夕食を作りなかった。小学校の給食の重さは多かったから、別に何も食べたくなかったです。来年高校に働いた時、よく晩ご飯を作って、残したものを弁当に入れました。
オーブンやドライヤーだけではなくて、車ももってなかったです。学校はアパートから遠くなかったから、車要らなかったです。車の代わりに毎日学校まで自転車を乗りました。たまにパンクがあったけど、優しい****先生がいつも直してくれました。一度交通事故がありました。小さい車が私を見えなかったので、打つかれってしまいました。運転手は校長先生の知り合いだったから、警察を連絡した後、学校まで車に乗ってくれました。体がとても痛かったけど、骨が折ってなかった良かったです。学校の看護師さんがバファリンと氷をくれて、運良(うんよ)くあの日授業がなかった、その日の残り職員室で明日の授業のため準備をしました。
日本に一人で暮らした時に毎日つまらなくなかったです。よい時も悪い時も新しい経験から日本と自分の文化についてたくさん学びました。
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iPhoneケースが完成です!
チョコ/パープル/プレッツェルのテーマある。好きだからね!ニコニコ



iPhoneからの投稿
日本に住んだ時、デコに興味になったラブラブ!
友達は東京の浅草橋にパーツの店を初回した、it was love at first sight.
これは私の初めてのデコプロジェクト!コンパクト鏡です。
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その作りの後に、あまりデコをやりなかったしょぼん

今週久しぶりに新しいデコ作って始まった!
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これは何でしょう?
完成した時に是非ブログに見せますよ!ニコニコ

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