乳幼児期を過ごしたアパートから 

 

賃貸の平屋の一軒家に引っ越しをしたのは

 

私が2歳くらいの頃だったそうで

 

両親は、狭いアパートを脱して

 

一軒家で暮らせることを、とても嬉しく思っていたそうです。

 

(画像はお借りしました。)

 

戦後~昭和30年代にかけて建てられた家で  

 

このような↑感じの家でした。

 

このような感じの家は 昭和40年代には徐々に取り壊され

 

新しいタイプの住宅が建設されていきました。

 

私は、正にその変換期というか、周りが急速に新しくて

 

素敵なものに替わっていく中で 

 

取り残されたような環境に 暮らさざるを得ないという状況に

 

いたのです。

 

それが、子供ながらに恥ずかしかったのです。

 

 

小学校の3年生くらいの時だったでしょうか。

 

ある日、家に不動産会社の営業の人が

 

分譲住宅の話を持ってきたことがありました。

 

当時は、そういうのがあったんですね。

 

日本では、今でもあるのでしょうかね?

 

それで、後日、父が話を聞きに 不動産会社に行くことになり

 

それを知った私は 期待で胸が高鳴りました。

 

そして、当日、帰ってきた父は、一言こう言いました。

 

「無理。」

 

その時の落胆。 

 

私は、その時

 

「ああ、夢って叶わないものなんだな。」と思ったのです。

 

それ以来、私は無気力になりました。

 

努力なんてするだけ無駄と思うようになりました。

 

(*家を買うことに対し、私は努力なんてしてませんけどねw)

 

だから、勉強もしなかったし やってみたいなと思って始めたことも

 

3日坊主で終わるようになってしまいました。

 

何をやっても どうせダメだし、と結論付けました。

 

(*家を買うことに対し、私は何もしていないんですけどねwww)

 

そして、親のことを 見下し

 

こんな親じゃなくて もっと立派な親の元に生まれたかったと

 

自分の人生を呪いました。

 

これが 私の自己肯定感が低い根本原因だと思います。

 

今、これを書きながら 客観的にこの頃の自分を見てみて

 

とんでもない他力本願だな、と思います。

 

しかしながら、あの頃の私は そんなことに気づくこともなく

 

隣の芝生の青さを羨むことをやめ

 

それまで見て来た夢を諦め

 

「ない」という始点から 物事を考え始め

 

「ない」という視点で 物事を見るようになりました。

 

今でも 無意識に

 

「ない」状態を見てしまうのは こういう環境で暮らし

 

「ない」ことが当たり前だったからだと思います。