2023年2月1日

 

当日の朝。とにかく本人はもちろん家族のだれもが発熱しないかどうかドキドキしながら起床しました。

 

調べておいた電車でAM校へ移動。自宅から近めなので開門時間から割りとすぐに到着しました。

待機列に並び、普通に会話しながら待ち、列が進み出すと、あっさり子供と別れることに。

手を振ったことは覚えていますが、なんて言って最後に声をかけたかは覚えていません。

 

2/1AMが本命校です。3年間の集大成を発揮する時がついに来ました。

泣いても笑っても試験一本勝負。

 

まだまだ長い待機列を横目に、2/1 PM校の最寄り駅へ向かいます。

自宅に戻らずホテルのデイユースプランを予約していました。

 

その最寄り駅には複数のビジネスホテルがあるのですが、デイユースで予約が取れたのはそこだけでした。

チェックインしたら、娘には申し訳ないのですがベッドで横になりました。

これから毎朝早起きの連戦になると思うと、少しでもまずは親の私だけでも体力温存しておきたかったです。

 

とはいえあまり寝付けず、テレビをつけたらワイドショーをしていて、ああ世の中は平日なんだなと思いました。

 

昼前には近所でお弁当を二つ買い、ホテルに置きに戻り、AM校に戻りました。

 

PM校の最寄り駅とは近いものの、時間にあまり余裕がなかったので、娘が出てくるのが遅くてソワソワしました。

出てきたら、まず娘から先に「ママ、マスク変わったの気づいた?」と。

なんと、2科目目の算数で鼻血が出たとのこと。

 

替えのマスクは持たせていましたが、手を上げたらすぐ試験官の方が気づいて、替えのマスクやティッシュ提供などの処置をしてくれたそう。

「それはおどろいたね」と答えた気がします。

次に「解答用紙に名前を書いたかなあ。。」とポツリ。

 

その発言には私は焦りました。過去問演習でもいつも名前を書かず注意していたのですが徹底できていなかったからです。内心では、や、やばいかも、と思いつつ、とにかく移動してホテルへ向かいました。

 

ホテルでさくっとお弁当を食べて、少しだけ娘も横になり、PM校へ向かいました。

最寄り駅なので徒歩で移動できるというのは安心でした。

 

PM校の試験開始時間に間に合いはしましたが、かなり最後の方だったようでした。

 

送り出した後は、再び私はホテルへ。

翌日以降の移動経路を調べたり、今一度募集要項を読んだりしていました。

 

そしてチェックアウトし、PM校にお迎えにいきました。お腹を空かしているかなと思い、途中にコンビニでゼリーなど買って。

この学校は当日の受付順に出てくるそうで、娘が出てくるまでかなり時間がかかりました。

すっかり日も暮れて、寒くて。

ようやく出てきて、もうタクシーで帰る?と言ったのですが、電車でいいといういので、電車で帰りました。

 

帰宅したのは何時だったんだろう、夕飯を食べて、お風呂に入ったら、、もう2/1AM校の合格発表の時間が迫っていました。

 

 

結果は次回に。

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年1月

 

中学受験率の高い小学校で、1月の始業式から学校休む子もちらほら。

年末の面談で担任の先生と話したところでは、本来は1月中は学校に来てほしいようでしたが、コロナ禍ということもあって理解があるようでした。

 

感染予防のため本人は休むとしても、下の子はどうするか問題。

下の子が学校にいけば感染リスクはどうしてもあります。

かといって下の子も休むのも(親が)大変。

 

結局のところ、以下となりました。

・本人は1月最後の2週(1/23だったかと)から学校を休む

・下の子は学校にいく(習い事は直前だけ休ませた)

・私は仕事を1月中は休まない(テレワーク)

 

コロナ感染が、濃厚接触含めてまだまだ怖かったので、潜伏期間含め、最後の2週間は毎日家族の誰かが発熱しないかとヒヤヒヤでした。

仕事中、カレンダーを眺めては早く2月になあれ!!と本当に願っていました。

 

塾は、1月後半は6年生にだけ自習室を開放していて、結構来ていたようです。

 

受験予定の学校に1校だけ面接があり、1月下旬に練習のため私も塾の中に入る機会がありました。

自習室に大勢の6年生がいて、さすがに直前ということで、静かに黙々と勉強しており、今思ってもかなりの緊迫した空気が流れていました。

 

塾に仲の良い同じ小学校の子がいて、塾の行き帰りも一緒で、模試の結果なども教えあっていたようです。

親同士も仲良いものの、第一志望校は明かさないまま受験を迎えました。(ちらっと見学にいった学校などは話したことはあったけれど)

子供同士は、過去問の添削などで分かっていた模様。塾のクラスも最後の1年間は同じだったので偏差値も同じくらいのはずですが、その子と学校の志向が異なるのは前から知っていて、結局、志望校も全く被らず、最後まで仲良く過ごせてよかったなと思います。ほかにも同じ小学校の子はいたけれど、塾での友達トラブル~ってのはなかったです。

 

最後の2週間で、R1は毎日飲ませましたね。

 

2/1から3まですべてAM/PM受けるスケジュールを組んでいたので、私は1月後半は、当日の移動手段やスケジュール、休憩場所などを調べていました。

万一、コロナ感染や濃厚接触となり受験できなかった場合、出願しておけば追試を受けられる設定の学校は、早めに出願しておきました。逆に、その対応がない学校は、前日までに結果次第で出願することにしました。

2/1、2のAM/PMに受験する学校(本命含む)は、その対応がなかったので不安でした。

 

2/4 AM、2/5AMもそれまでの結果次第で受験予定でした。

2/1になったらどれだけハードな展開になるんだろう、塾に通った3年間半はどんな結果になるんだろう、親の私がドキドキしました。

 

 

 

 

 

2023年1月10日

 

何度もいいますがここまであっという間でした、埼玉入試の当日を迎えました。

 

午前入試も2回設定があり、開始が遅いほうにしたので、そこまで早起きはしなくてすみました。

大宮駅までは特急を使ってスムーズに到着。

最寄駅からバスとのことで、学校の職員さんが駅前からがっちり誘導してくれており、バスにもスムーズに乗れました。

 

が、そこから渋滞!歩いても同じくらいか、むしろ歩いた方が早かったかもしれません。

たまたま座れたのでよかったのですが、立っていたらつらかったなあと。

 

大宮駅に試験開始一時間前には着いていたので間に合いましたが、初めて行くところはやはり注意しないとですね。

 

長女はさほど緊張しているようには見えず、あっさり別れて試験に向かいました。

 

待っている間、私は、大宮駅に戻り、詳細は省きますが、仕事しました。

2月1日から何日休むことになるかわからなかったし、1月の間も休むかもしれないと思い、有給を可能な限り使わないようにするたためです。午後半休だけとる形で、12時を過ぎたら、コンビニで昼食(おにぎりや唐揚げなど)を買って、歩いて学校に戻りました。

 

大人数が受験するため、しかも到着が遅めの時間だったこともあり、学校についてから長女と合流するまで1時間位待ちました。

スマホの電波もつながらず、座れず、なかなかハードでしたが、合流した後も、大宮駅まで歩いて帰りました。

受験生とその親がゾロゾロ、駅までずっと行列でした。

 

昼ごはんは結局、帰りの特急(ボックス?の指定席)で食べました。

小旅行気分でした。

テストどうだったか聞かないままだったかも。

 

実は、家から水筒を忘れてしまい、途中で買おうと思ったのが買えないまま学校についてしまうという失敗がありました。

合流の時に飲み物をまず渡して飲ませようとしたのですが大丈夫とのことで、実際、大丈夫そうでしたが、持たせてあげたかったです。

 

 

そして合格発表…

 

ネットです

 

本人の感触はよくわからずだったのですが、とにかく見なくては、、

 

夫がまずみて

 

「ご、合格!」

 

私と長女はとにかく「えええ!」と驚いたことを覚えています。

 

その次に、やったーーと喜びました。

 

得点開示もあるので、算数がよかったことがわかりました。

塾にも報告、おめでとうございますと。

 

通うの大変だったら、大宮に部屋借りて高校生になったら自宅から通うとか妄想したり。

 

 

そして、ここから2月1日までが、今までと一転、長く感じるのです。