国民栄誉賞
長島終身名誉監督、松井秀喜外野手
昨日は、おめでとうございました。
プロ野球ファンにとって最高の一日でした
松井秀喜外野手は、読売ジャイアンツで素晴らしい
成績を収めメジャーリーグへ移籍またもや輝かしい
活躍で日本国民を喜ばしてくれました。
そして昨日、引退式及び国民栄誉賞授賞式
ドラゴンズファンの僕もこの日ばかりは、
同じ国民として誇りに思いました。
そして 長島終身名誉監督、
戦後のプロ野球界を盛り上げた背番号3
天覧試合で阪神村山実投手から放った
レフトスタンドへの劇的なサヨナラホームラン
昭和49年 ジャイアンツがV10を逃したその年に
今は無き後楽園球場で、『わが巨人軍は永久に不滅です』と
永遠に心に刻む引退式を経て監督就任
監督就任初年度1975は、球団初の最下位になるが
翌年その翌々年と連覇 強いジャイアンツを
作り上げました。1992第2次監督時代には
今のジャイアンツの礎となる松井選手らを
育て 1994球史に残る名勝負
10・8ナゴヤ球場でドラゴンズと同率首位
による 優勝決定戦を制し メークドラマを達成しました。
その後アテネオリンピック日本代表監督に就任しますが
2004脳梗塞で倒れ 右半身麻痺の障害が残って
しまいます。表舞台から遠ざかるものの
懸命のリハビリにより、回復し
昨日の国民栄誉授賞式後の始球式では
ピッチャー松井秀喜選手 キャッチャー原現巨人監督
キャッチャー 安倍晋三首相 バッター長島茂雄
という演出が組まれ、当初のの話し合いでは
ファールチップして怪我すると危険なので
バッターの長島終身名誉監督には、くれぐれも
バットに当てないようにお話し合いがついていたらしいです。
渋々打ち合わせでは、納得したミスターですが、
ボールが飛んできたら瞬間的に野性の本能が蘇ったのか
左腕一本のでフルスイングしていきました。
結果は空振りでしたが、こんな年齢になっても
そして不自由な体になりながらも ファンは、何を望んでるか
知っているミスター、この始球式が決まった時に自身のリハビリに
このバットスイングもカリキュラムに入れたそうです。
本人は、リハビリでなく筋トレというらしいですが
おつきの人もミスターの意識には、驚くばかりだそうです
一生懸命のプレー 魂込めたプレーを貫いたプレイヤー
長島茂雄、空振りするときは全力で空振りして
その時は、わざとヘルメットがずれるように
大き目のヘルメットをかぶり 自分を演出して魅せていた選手
ファンが何を望んでいるか常に考えてるスター
昨日は、プロ野球ファンとして大変嬉しい一日になりました
長島終身名誉監督、松井選手 ありがとうございました。
DaNEの 中村紀洋選手
2000本安打達成おめでとうございます。
もうすぐ 我がドラゴンズの不動の捕手
谷繁 元信捕手も 2000本達成です。
後は、個人成績を楽しむのみの今シーズン・・・・・・。
頼むぜ
何とかしてくれ・・・。