僕が生まれてから
僕が生まれてから41年間
親父の影響でドラゴンズファンになり
巨人のような常勝球団に憧れてながら
CMで王さんが出てきたら 親父から
中日を倒そうとする悪者だと 洗脳教育を受け
ドラゴンズの帽子をかぶり
毎日で野球していた 小学校時代、
僕の生まれた1970年
全く記憶に無いけど 水原茂監督にはじまり
1974年燃えよドラゴンズ初代歌詞中で胴上げ監督に
なる 与那嶺要監督 中 利夫監督
1982リーグ優勝監督 近藤貞雄監督
教え出したら止まらないかっぱえびせん山内一弘監督
第一次 燃える男星野仙一監督
第一次伝説のバックトス高木守道監督
第二次またまた燃える男星野仙一監督
伝説のサブマリン山田久志監督
数々の監督の野球を見てきた
そして2004落合博満監督就任
現役時代練習嫌いとマスコミメディアに
思わせていたオレ流は、全くその印象を
覆していた 当たり前のことを当たり前にこなし
プラスαでチームを強くする 後にドラゴンズは
12球団で一番練習時間の長い球団になった
現役時代これくらいは出来ると自己体験による
結果の元 選手たちを鍛え上げていた
球団のシーズンオフキャンプで
TVで同じポジションを争う選手同士が、競争しあう
ジャイアンツから移籍したある選手がへばり込んだ
ら 監督自ら胸ぐらを掴み
『ココは寝るところじゃネーんだっ』と厳しい言葉を
浴びせ 『シーズン始まったらおまえらどっちかは
使えないんだ ファームなんだョっ』と厳しく叱咤し
諭す 若手選手はバッティング練習で連続打ちで
指が痙攣してしまってバットが指から離れないと
いう状況もキャンプ情報で伝えられた。
ある記述によれば 落合監督自身もロッテ時代に
バッティング練習中へたり込み バットが指から
離れなく痙攣してるところを 指を一本一本
外してやったのが、当時ロッテの稲尾和久監督
だといわれている 他人に見せるために
やってる練習でなく 自分自身のために
職人としてこなす練習 それは 結果を出し
ファンの夢を結ぶ結果となった。
ココまでドラゴンズを強くした監督は
過去にないと思う。つい一ヶ月前は
まさか今日リーグ優勝を決めるとは思わなかった
今シーズンで勇退が決まってる落合監督
11月2日からのクライマックス
そして 日本一へと階段を登り続ける
球団創設初の連覇を成し遂げた監督に
退任する決断をした球団に今後も
どうであっても僕は応援し続けるんだろうけど
できれば後数年で良いから落合野球を
選手に伝承して欲しかったって思うのは
僕だけでなく
うちにやってくるドラゴンズファンのお客様も
少なくなかった。
好きだからこそファン深層心理は複雑で
現場主体になってない球団には
納得いかない部分があるのも事実だと思う。