昔、影響を受けた恩師のことばを思い出したこと…を挙げました。
昨日の記事。
私の人生にとって、大きな意味があったなぁと思える先生は
お二人いらっしゃいます。
小学校5、6年の時の担任のY先生。
それから、短大の時に児童文学を教わっていたI先生です。
まず、Y先生のことを書きます。
Y先生にとって、私達というのは初めての教え子だった。
新採用の先生で、若くて、お兄さんみたいな印象でした

長崎出身で、坂本龍馬が大好きで、専門は社会科だったようです。
社会の授業にはやたら熱が入ってたのを思い出しますww
この先生、最近ではあまり見かけなくなった熱血漢の先生で、
まるで小学生版金八先生を地でやってるようなそんなクラスだったわよ。
クラスで問題が起こると体当たりで解決しようとしてくださる先生。
何度か、夕方の5時くらいまでとか残っての学級会もあったなぁ。
私はその当時、どちらかというと親に逆らえずに
「おりこうさん」にしてるタイプに見られてたと思う。
実際、そう「演じてた」。
でも、本当は世の中のゆがみとか、大人のずるさとか
クラスメイト同士にも蔓延る、見えない仲間外れとか
障がい者差別とか、自然環境とか、そう言うものへの疑問を
いつも抱えて、いろいろいろいろ考えている子どもだったのでした。
でもね。
まだ当時は未熟だったから、
自分自身が仲間はずれする側に回ったこともあることを
正直に書いておきます。
私達はY先生のクラスにいたから、それがどういうことなのか、
やってしまう前に考えることができるようになってもいた。
それで、いろいろ考えるうちに、こういうのはいかんよね…って
仲間はずれをしようとしてたメンバーみんなで気づき
「やっぱりやめようよ」ってなって、実際には決行されなかったんだ。
いじめや仲間はずれをなくすってのは
結局先生次第だってのを、私は身をもって体験してるわけです。
折に触れて、人権とか、人の気持ちを考えることなんかを
Y先生はいつも話して下さってた気がする。
いつの間にか私の心にもそれが染み付いていったんだと思う。
今の私があるのも、Y先生のおかげと言っても過言ではないと思います。
印象的だった話がいくつかあって。
歴史の授業で、幕末の頃の話が出てきた時には
「この幕末の志士達のしてきたことからすると、
先生は、自分は何をしよるんかねぇ・・・と思うことがあります。」
って、やや自戒の念を込めつつおっしゃってた。
なんか、あの時の語り口調と、先生の表情が忘れられない。
覚えてる人は多分皆無だと思うけど、
今の私には先生のあの気持ちがすごくよく分かる。
他には…
世界で一番キレイな水は、お母さんのおなかの羊水だって
そういうお話をしてくださったのも、Y先生。
私は、そのことばをずっと覚えていて…
下のような記事を書いたこともあります。
私の羊水のことについての記事
羊水は、赤ちゃんのための、本当にキレイな水だから
(多分、愛に満ちた水という意味で仰ってたとも思う。)
煙草とかお酒とか、おなかに赤ちゃんがいるときは絶対にするなよって
小5の私達に向って真面目な顔で語ってくださったのを
ホントによく覚えてます、私。
もう一つ、
「中学を受験するという人もいると思います。
でもそれは、本当に自分のためですか?
お母さんたちがそう言ってるからとか、そういう理由で受けるなら
止めなさい。自分のため、自分が自分のために受験するというなら
頑張りなさい。」
って仰ったりもしてた…
親がそう言ったからではなく、自分の考えで受験するかどうか決めなさい。
これって、小学生にとっては、判断が難しいところなのかもしれないけど
私にとってはこの言葉って、その先の人生の指針にさえなった気もする。
私は当時はとにかく、母の言う通りにするしかないのだと
思い込んでるようなところがありました。
いろんな大人に対する疑問などを母にぶつけても
母は
「先生が言うことが正しい」
「学校がそう言ってるんだから」
「子どもがそんなこと考えなくていい」
という反応だったので…言うとおりにするしかないと、
半ば諦めてたかもしれない。
(ま、およそ普通の子どもが言い出さないような
社会問題ばっかしぶつけてたからな~…)
でも、先生の
「自分の考えで受験しなさい」
っていうお話を聞いて、私は目からウロコでした。
当時の私は自分で言うのもなんだが、優等生で、成績優秀だったんだ。
だから、親戚の叔母君たちも、私は附属中学とか私立中学を当然、
受験するものだと思っていた節があったのね。
母もそういう感じをちょっと持っていた。
私自身もそういうもんだと思い込んでいた。
でも。
「私立を受験して合格しても行かせることはできないから
とりあえず受験だけしてみれば」
ってなことも言われてたのね。
…それって、私立に行ける力はあったけど、蹴ったという
ヘンな自慢をするためなんだろうか…って、私はとても疑問だった。
で、私自身が本当に私立を受験したいのかどうか
すごく考えたのね。
「違う。私が受けたかったんじゃない、大人たちがそれを期待していただけだ」
ってことに気づいた。
「Y先生が受験は自分のためにしなさいって言ってたよ。
私は別に受験したいと思ってたわけじゃないって気づいたから
受験しません。合格しても行かないってわかってるのに受けるのって
なんだかおかしいし」
「力試しのつもりで受けてみたらいいのに」って
大人たちは食い下がったけど
「いや、私は受けないよ。」
そして私は、優等生グループの中で唯一、私立の受験をしなかった。
本当にもう、受験する必要はないと思ったからです。
その後…
入学した先は、荒れに荒れまくってる市立中学だったわけで…
でももし、受験して合格して、それを蹴ってあの中学に行くことになってたのだとしたら…
私は大人たちをずっと恨んでしまっていたかもしれない。
せっかく合格したのに行かせてもらえなかった…みたいな風に。
私は、自分で市立中学を選んだから
とてもしんどい中学時代だったけど、何とか乗越えられたんだろうと思う。
「自分で選んだんだし」っていう、開き直りができてたんだろうね。
公立中学に行くことに対して、大人を恨んだりとか全然なかったもの。
辛かったけど、当時、あの中学にいて実体験として学んだことは
その後の人生において、とても役に立ってる気がします。
Y先生のあのお話がなかったら、私は今の私ではなかったかもしれない。
そんな風に思う。
小5~6年ってのは、中学校に向けてバタバタし始める時期で
思春期にも足を突っ込みはじめているし
いろいろ難しい年頃。
大人と子どもの境目みたいな、一番難しい年頃だと思う。
その頃に出会った先生がY先生で本当によかったと思います。
あの先生との出会いがなかったら、今のこの私はいなかった。
今の私が苦手としている人たち。
鼻持ちならない、嫌な人間、そう政治家みたいな、官僚みたいな
特権階級にいて、とにかく何でもお金で解決っていう…
そんな輩になってしまってたんだろうなって思う。
あぁよかった。そんな風にならなくて。
本当に、先生との出会いは一生の財産だよ。
教育関係者は、そういうことを毎年、しっかり意識して
子ども達への教育を行ってほしいです。
あなたたちには大勢の中の一人かもしれないけど
生徒にとってはその年の先生はあなただけだし、
その後の人生に影響を受ける可能性がかなり大きいのですから。
今、Y先生は市内の小学校で校長先生をなさってるそうです。
同窓会とかもナカナカないからお会いできないけど
一度お会いしてお話できたらいいなぁと思ったりするこの頃です。
I先生のことは、また別の記事にします。