回顧録 | 他力本願寺

他力本願寺

他力本願寺の住職がお送りするブログ

注意:非常に長い日記となっております。お読みになる方は心してお読みください。


一回目の大きな揺れがきてからもう怖くて仕方なかった。
そもそも高所恐怖症でありかつ地震は大嫌いだ。


耐震構造のビルは倒壊を防ぐためわざとビルを揺らす。
だから震度以上の揺れを感じる。


余震のたびに席を立ちあがり固定棚にしがみつく。
地震速報よりも自分の動きを見た方が早いほどの反応速度。
二回目の大きな揺れの後は、もうとにかくビルから出たくて仕方なく、
せめて下の階に移動させてくれと思いながら過ごす。


17:30頃、臨時終礼が行われ早期帰宅が許された。
が、明らかに交通は麻痺しており帰る術はない。
仕方なく仕事に戻るが、実際には席に座っているだけ。
ネットでの情報収集と知り合いの安否確認をしていた。


余震も長く続き、ついに精神的にたえられない状態に。
19:30頃に徒歩での帰宅を決意する。


エレベーターは停止していたため非常階段で下に降りる。
非常階段の壁がところどころ崩れているのをみて、
自分の判断は正しいと言い聞かせる。


歩道に人が溢れているのはオフィスから確認済みだったので、
取り敢えず喫煙所で一服しルートを確認。
ロビーのテレビで状況も再確認。


さて出発。


外に出るとやはり人が溢れていた。
念のため駅に向かったが構内に入れる状況ではなかった。


検索したルートに戻り、帰路を急ぐ。
人が多くて自分のペースでは歩けない。
人のペースに併せて歩くのは倍疲れる。
ところどころ路肩を歩いたり路地に入ったりした。


21:00前に田町駅付近に到着。
ここで再度ルートを検討する。


歩いてる人達の中から
「横浜はこっちでいいですか?」
「国道1号はこっちでいいですか?」
という会話が何度か聞こえてきたので、
深夜の徒歩であることを考慮し国道一号を選択。
五反田駅方面に迂回する。


五反田駅を過ぎたあたりで吉野家を発見。
早めの夕食をとった方がいいだろうという思いと、
バックにあるカロリーメイトは万が一に備えてとっておきたい
という思いで、入ろうと思ったのだが、
「地震のため営業中止」との張り紙が。
仕方なくスルー。
余談だが、その後のルート沿いにあった吉野家は、
24時間営業であるにもかかわらずことごとく閉店していた。
もう気持が「吉野家の牛丼」に染まっていたので少し頭にきたが、
よく考えると地震による火災を懸念してのことだと思う。
そう信じたい。そうでなければクレーム入れる。


その後、順調に歩き続け22:30前に馬込駅を通過。
この辺りからちょっとつらい旅になり始める。

出発して2時間半、少し足が痛くなる。
膝や桃ではなく足の甲。靴があってないのか?
この先を考えると致命的だ。


23:30頃川崎市に突入。
川崎まで来たというべきか、まだ川崎だというべきか。


逐一メモしていたわけではないので分からないが、
おそらくこのちょっと前だと思う。


歩いていると左側の建物前に銀色の塊が。
どうやら非常持ち出し袋の防寒シート。
これを被って寝ている人が。
もう帰るのを諦めたのか?と思い通り過ぎると、
すぐ後ろから救急車が来て止まった。
本人が呼んだのか、他の人が呼んだのかは分からない。
無理して歩きすぎたのか、水分補給が足りなかったのか。
体調が悪くなったら迷わず休もうと決意した。


駅などの目印がなくどの辺りを歩いているのか分からない。
こういうときが一番不安になる。


01:00頃、iphoneで確認すると新子安駅付近。


しばらく歩くと交差点にヤクルトの店舗が。
店舗の前に灰皿が設置されていたので休憩。
止まると身体が急に冷えるということを実感。


01:30に神奈川新町駅を通過。
01:36に東神奈川駅を通過。


横浜の高層ビル群が見えてくる。


勝負はここから。


横浜駅を通過したのは01:55。意外と人は少ない。


前にカップルが歩いている。
自分の方がペースが速かったのであっさり抜き去る。
が、足の痛みに耐えかねて少し休憩。


その間にさっきのカップルが抜いていく。
少し馬鹿そうな男が「俺は全然平気、まだまだ」などと呟いてる。
残念ですがこっちは新橋から歩いてる41歳です。
明らかにこっちのほうがすごいです。
と心の中で呟いてみたり。壊れかけてる証拠だ。


02:30、西横浜駅通過。


保土ヶ谷駅のちょっと手前で反対から歩いてきた女の人に話しかけられる。
ナンパでしょうか?
「すいません、『久保町』という交差点はこの辺ですか?」
いや、この辺の人ではないので分かりません。
「迎えの車が『久保町』という交差点にいるらしいのですが」
iphoneで確認して、もう少し行ったところだと教えてあげた。
そういえば、白い軽自動車が止まってたなと暫く歩いてから思い出した。


02:43に保土ヶ谷駅を通過。
ここから暫く目印がなくなる。


もう足もかなり痛い。
かなりペースダウンして歩き続ける。


コンビニがあったので一服しようと思ったが灰皿が置いてない。
取り敢えずいったん休憩して、体操でもしてから出発しよう。


この休憩で運命的な出会いをすることになる。


実際にはコンビニではなく、コンビニの少し先にあった
橋の欄干に手を掛け足を延ばしたりしていた。


その橋にたどり着く前におじさんがカップラーメンのカップを
捨てに行くのを目にした。
まだこの時間に歩いてる人が居るのだなくらいに思っていた。


体操をしていると後ろから声を掛けられた。


「すいません」


「馬込辺りからずっと歩かれてましたよね?」


ん?
よく見ると見覚えのある服装だ。
馬込辺りはまだ人が多く、かなりいいペースで何人も抜きながら
歩いていたのだが、一人結構いいペースで歩いてる人がいた。
抜けそうで抜けない感じだったし、足も結構痛くなっていたので
後ろについていこうと思って歩いていたのだが、
途中で端に寄って抜かせてくれた。
正直、いやいや抜かす程の元気は無いよと思いつつも
なんとか抜き去ったその人だった。


話しを聞くと、その後私鉄に乗り少し距離を稼いだものの
自宅までは帰れないので再度歩き始めたとのこと。
俺も電車の状況を確認すればよかった。。。


「どこまで行くんですか?」
「東戸塚何でもう少しです」
「私は辻堂までです」
「え?辻堂は遠いですねw」


みたいな会話を交わし、せっかくの機会なので
一緒に歩いて行きましょうということに。


が、若干の後悔。
ペース速い。。。
こっちはもう終わる寸前なのに。
まぁ一人で歩くよりは歩き甲斐はあった。


いろいろ話をしながら歩いた。


本当は今日から旅行の予定だったが中止になった。
普段はスーツだが旅行のための着替えがあったので歩けた。
会社は新橋(隣のビルの人らしい)
馬込までは電車で移動した(出発時間が1時間遅い)


こういう突然の出会いってのは面白い。


03:40、東戸塚駅付近
そろそろお別れという時に更なる衝撃的な出会いが。


旅は道連れ世は情け。


「○○さん!」


その時は突然やってきた。


「次の交差点で右に逸れますね」


一時間ほど一緒に歩いてきた同胞に別れを告げる交差点にさしかかる前、
突然声を掛けられた。どうやら車の中からの様だ。
03:40、まだまだ空は暗い。
コンタクトをしていないので誰だか判別はつかない。
車に見覚えもない。


「少し先で止まりますね!」


いやいや、その前にあなたは誰?


まずは別れを告げないと。


「お疲れ様でした、お陰さまで楽しく歩けました」


「身体はかなりきつかったですけど」
とは言わなかった、言えなかった。
かなり楽しく歩けたのは二人だったからに違いない。
名刺を交わすことなく別れたのはおそらく正解。
また、いつかどこかで歩きましょうw


で、誰?の人。

近くに寄ってみると、以前うちの会社に居た奴だった。
今は転職して渋谷に勤めてるらしい。
地震後、すぐにレンタカーを借りて乗りあいで帰る途中とのこと。
茅ヶ崎まで帰るので乗ってって下さいと。
まぁよく後ろ姿で気付いたもんだ。ありがたい。
そして、こんな偶然もあるものなんだ。


聞いてみると16:30に渋谷を出たらしい。
そしてこの時間に東戸塚。
ちょっとずれてたら会えなかった。
出会いって不思議。


辻堂駅で降ろしてもらう。
自転車あるからね。
どうもありがとう、助かりました。


駐輪場へ行ってみると、自転車がありませんね。
どうやら、地震で電車止まってるし時間も遅いから中にしまったらしい。
そうだよね、普通そうだよね。


一度、気持ちが緩んでしまうと身体も緩んでしまう。
駅から家までの道のりの長いこと。そして身体の痛みの酷いこと。


それでもなんとか無事帰宅
時間は04:30


8時間半の旅終了