第二次大戦の激戦地

ラバウル

あるていどの年齢の方だと

「さらば ラバウルよ またくるまでは」

という歌をご存じだと思う。

 

小学生のころ、地図帳で、さんざん探したが

「ラバウル」は出ていなかった。

 

ニュー・ブリテン島の小さな島だ。

ブリテン、つまり、イギリス領だった

 

オーストラリアの上 オーストラリアは漢字表記では「豪州」だ。

こうしたこともあって、なかなか戦争中のことは、勉強しにくい。

 

イギリスの植民地だった、ミヤンマー(当時はビルマ)

 

イギリスの植民地政策は、狡猾で苛烈だった。

まず、9割の搾取。

間接統治で、ミヤンマーと仲の悪い民族を警察にする。

国内、荒れる。

金融も仲の悪い民族に預ける。

国内に、不満が。

イギリスへの抵抗どころじなくなる。

これが、間接統治。

 

そして、大学を小学校レベルに落とす。

優秀な人材が出ないようにする。イギリスに反抗するのを防ぐためだ。

などなど、いまだミヤンマーが混乱しているのは、

イギリスの植民地制度の弊害から抜け出せないという

側面もある。

 

世界の国の中には、日本の統治を懐かしがっている

国も多い。

インラ整備してあげて、学校、建ててあげてる。

 

台湾などは、日本人に感謝して、地域を指導した日本人の銅像があったりする

そうだよ。いまも、親日的だよね。