なかなかハードに毎日やれているけれど、やっていること全てにちゃんと真心込められているかを問われたらギリギリかもしれない。
無意識にこなしてることに気づいたらちゃんと意識取り戻してやる、やり直すそんな感じ。
そんな感じなのに、わたしが暇そうに見えたのかわからないけれど、初めましての叔父さんがお話をし始めた。
お話は好き。
だから、聞いてたの。
最初の話はよかったよ。
なるほど〜〜って聞いてた。
でもね、
「お姉ちゃんはもう大人だから言うけど。」
の枕ことばの後の話は聞きたくなかったなぁ。
藪から棒すぎて、
思いっきり苦笑いしてたの自分でもわかった。
となりのおばあちゃんがくれる水ようかんが美味しいんだよ〜
とか
昨日、ツチノコ見たんだよ〜
とかだったら良かったな。
汚い大人の話は聞きたくない。
聞きたくないの。
聞きたくない!
(言えなかったんだけどね。)
そのあと、ぐるぐる回り出しちゃった。
そして、思ったの。
聞かされたその話だって、その人が誰からか聞きた話で、真実はどこにあるんだろう?って。
ちゃんと目で見たこと、感じたこと、そしてそれで、どうしたのかを聞きたいな。
小さな女の子がわたしのことをじっと見ていたから笑いかけたら笑い返して手を振って去っていった。
これがわたしの世界で真実だから大人だって理由で訳のわからない暗い世界の話は聞きたくない。
同じ暗い世界でももっと見つめなくちゃいけない世界はうん万とあるのにな。
世界は一つなのに数多に区切られてるみたいだ。
聞いた世界とわたしが見てる世界は違う。
それが君の世界だよ。
って言われても、
これがわたしの世界だよ!!!!!
誰がどう言おうと見える世界は侵されないんだ。
少女の笑顔は絶対なの。
口から出る言葉の先々を考えてはみたけれども、言っちゃう。
君がいない君の話はつまらないのだ。
ねぇ、それ。誰の話?
その人がいない大きなことや煌びやかなことに段々興味がなくなってきた。
その人が毎日欠かさずやってる小さなことに涙が溢れたりする。
心がじんわりする話は日常至る所に。
一昨日まではお盆だったのもあって、おばあちゃんのことを考えていたよ。
多くはなかったけど、わたしの話とおばあちゃんの話をちゃんとできたことがとても宝物になってるのです。
おばあちゃんはユリが好きだった。
そのことを知ってるから、わたしはユリの花を見ると嬉しくなります。
おばあちゃんの口癖を真似てる時があります。
オシャレなおばあちゃんに褒められた服を着る度、しゃんとします。
落ち込んだ時「おばあちゃんはみゆちゃんが大好き」と目をなくして笑ってくれた顔を思い出します。
そう言う話をしよう。
そう言う話をちゃんと聞こう。
ギリギリじゃあダメだね。
頑張ります。
二週間切りました。
何か心温まる、強く今を見つめられる、そんな物語に添えて、歌を歌います。
是非、このブログを読んでくれたあなたに見て欲しいです。
