短編小説『汚泥の底』 | 田中創の薫製サラダのブログ

田中創の薫製サラダのブログ

ブログの説明を入力します。

 2.女



 病院に行くのは久しぶりだ。最後にインフルエンザに犯されたのは二年前の事だから、二年ぶりの病院。あの時はやぶ医者に当たったのか治るのが随時と遅かった。いや、俺の免疫力の低下が原因か。んや、そんな事無いか。今年に入って体調を崩したから、五週間ぶりだな。
 そんなことは兎も角、車が無いから歩いて病院まで行かないといけない。
 俺は病人だ。そこまで遠くないとはいえ熱に犯されているヤツが歩いて行くにはちと辛い。しかし、車を買うのは面倒と思った俺には相応の罰だと思う、いや誰からの罰だこりゃ。
 俺は口から出かけた文句を呑み込んで黙ったまま歩くことにした。

 秋の残暑でアスファルトと俺の足が溶けてるイメージを持ちながら、たどり着いた病院は日ノ元病院という所だ。ここは普通の内科に小児科が付いてるオーソドックスな病院なんだが、熱に犯されている奴らにとって子供の泣き声ほど頭が痛くなるモノはない。
 俺は子供が嫌いじゃないが、病気を患ってる時ぐらい、そおっとして欲しい。
 そう。今だって休日に風邪の治療や、予防接種を受けに来た哀れな子供達が泣いている。それのお陰で頭が割れそうに痛い。
 そんな頭を抱えて受付に行くと、見知った男がいた。
 川島春男。小太りで、眼鏡を掛けた丸顔の一見するとモテるタイプの男じゃないが、結婚はしている。奴はこの病院の元院長の息子で、引退した親父の跡取りで院長に就任した。しかし、院長とは名ばかりで職務怠慢の権化だ。俺とは高校時代の同期で、割と仲良くしていた。俺も春男もこの町を出て行き損ねた愚か者というやつだ。
 「おう、春男。受付で院長が何やってんだよ。患者を診察しねぇのか」
 「お。おめぇしばらくここに来なかったじゃねぇか。おめぇが来ねぇから受付に成り下がっちまったのさ」
 「嘘つけ、親の七光りで院長やってるやつが何言ってんだよ。どうせサボってんだろうが」
 「はは、まぁな。ってか風邪か?」
 「あぁ。昨日変な男に襲われてな、はったおしたから恨まれたのかもしんねぇ」
 「そりゃねぇわ。ほら、今すぐ診察してやるよ。丁度よく俺達の知ってるやつがいるからよ。一緒に昔話でもしようや」そう言って受付から出てきた春男は院内の奥の方へ指差し俺を招いた。こういう所でコネは使える。
 「知り合いって、どの知り合いだ」
 「見たら驚くぞ。ヒントをやろう。高校二年にお前の隣の席だった女子だ」この男は昔からこういうサプライズ的なモノが好きだ。いつもニヤニヤしながら俺の前を歩く。
 「ほれ、この奥だ」俺達は112号室と書いてある患者を入院させる部屋の前に立った。
 「そいつは怪我でもしてんのか?」
 「や、ちと事情があってうちにいる。怪我とか病気じゃねぇ。そういやおめぇ、風邪は大丈夫か?」
 「気にすんな」これは本当だ。何故か身体の調子はよくなっていたし、火照っていた頭も今は冷めている。
 「そうか。おい!開けるぞ!」ノックを春男がした。
 「はーい」奥から女の声がした。