斑鳩寺その2 | ビービービーのブログ

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さて、兵庫県の太子町にある斑鳩寺ですが、なぜ斑鳩なんでしょうか。斑鳩とは奈良の地名かと思っていましたが、どうやら聖徳太子と関係があれば斑鳩とつけるのかなあと、ぼんやり考えながら境内を散策しました。


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正面の聖徳太子像の奥には、黒駒像と聖徳殿がみえます。聖徳太子ゆかりの場所には、この見覚えのある造形の若かりし頃の聖徳太子像が必ずありますね。このようなブロンズであったり、木像や絵画の場合もあります。
少しふっくらとした感じで、独特の服装が共通点ですね。



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聖徳殿は、聖徳太子像を本尊としているお堂です。残念ながら、堂内には入ることができませんので、本尊の太子像も見ることはできません。
太子像は聖徳太子本人が造ったという伝承がありますが、確証はないようです。


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ちょっと似た造りですが、大講堂とよばれるお堂です。さきほどの聖徳殿とは、回廊のような通路でつながっているようです。
堂内には止利仏師が彫ったとされる、釈迦如来・薬師如来・如意輪観音の木像があるそうですが、秘仏となっていて年に一回の開帳(2月23・24日)で見ることができるそうです。

聖徳殿も大講堂も、仏像が見ることができませんので、お堂の前で参拝をします。

こういう「秘仏」のような考え方というのは、なんとなく日本の神道と共通するような感じがします。
神道にもご神体というようなものがありますが、基本的には社をつくりその中に霊的な存在をお迎えして、見えないものに対して拝むというイメージでしょうか。
多くのお寺では、仏像を安置しそれらを仏教の神様として拝むのですが、善光寺や浅草寺のように絶対秘仏として、住職ですらみたことの無い仏像があり、お堂の中や外から仏像の存在を心に思いながら拝むという行為が、そのことを連想させます。

もっといえば、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の一神教のように、偶像崇拝を排した宗教の影響は無かったのでしょうか。厩戸皇子は秦河勝から、景教(中国に伝わったとされるキリスト教)を教わったとされる伝承があることから、のちに仏教的な考えと融合したとすれば面白いのになあと。

聖徳殿の前の格子の向こうの、閉じられた仏殿の扉を眺めながら、ぶつぶつとそんな妄想を巡らせていました。


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聖徳殿の裏側に、ぴったりとくっつくように建っているのが、聖徳殿奥堂です。見ての通り八角堂のような形をしているので、夢殿を模したものと言われているそうです。
ただ、見た感じでは、三層構造になっているので、中国風の八角三重塔という風にも見えました。


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聖徳殿奥堂の向こうには、広場がありました。
近所の子供達が、自転車に乗って遊びに来ていました。
こういう風景は、僕の中のお寺のある風景にぴったり来ます。そんな場所が近くにあることが、きっと子供たちにとっても大切なことのような気がしました。


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宝物殿らしきコンクリート製の建物がありましたが、時刻が遅かったせいで中には入れませんでした。
次回はもっと早い時間帯に来なければと、再訪の理由が出来ました。


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あらためて、また三重塔を眺めてみました。こうしてみるとバランスの良い美しい立ち姿ですね。
朱色の塗装は、まだ塗り替えられて間がない事を表しているように思えます。


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ということで、斑鳩寺を後にしようと仁王門から外に向かいました。外の風景は、ごく普通の町が見えています。
そんな場所に、このような古い寺があって、あまり観光地化されていないところが、この街の魅力なのかなと思いました。

更新が一日遅れました。失礼しました。
明日こそ連続で記事がかけるといいのですが。