スター2024年9月。
水泳を優先させる為、
大好きだった日能研から早稲アカに
涙の転塾。

スター2025年3月。
苦楽を乗り越えた末、
長年所属した水泳選手コース引退。

スター週4日〜6日の選手コースを経て、
現在は週2回の育成コースで泳ぐ
enjoy swimmer。

スターアンガーマネジメントがとにかく苦手。
少しだけIQの高い凸凹っ子。発達に特性があり過ぎて、普通に勉強する事が何よりも難しい超個性的男子。
アドバイス禁物!伴走禁物!
間違いだらけの完全完璧自走型。


スター断腸の想いで引退した水泳で
得られた“何か”を、
受験勉強、そして人生に生かせることを
切に願う母と子の毎日を綴ります。

失速したのは他の誰でもない母


おはようございます


2月2日ですね。


今日が本命校の方も沢山いらっしゃると

思います。


ここまで来ると

親として出来ることは、

生命維持に必要なこと以外は、

かなり数少なくなって来ますよね。


私は長子🐰に3年間ミッチリ伴走して来た

くせに、最後の最後に寄り添えなかった強い後悔

が残っています。


当時、国内単身赴任中で受験時には休みを

取って帰省していた夫🦒に甘えてしまった…


という言い訳を除いても、

極めてダメ母だったな…

と後悔の念が拭い切れません。


2月決戦後半。

あまりの不合格画面の多さに、

私は声が出なくなりました。


声を出すと泣いてしまう。

声を出すととんでもない事を言ってしまう。


こんな事を考えていたら、

何かが喉につかえてしまい、

声が出なくなりました。



寒い朝。

🐰と🦒を車で最寄駅に送りました。


“行ってらっしゃい”


それしか言えませんでした。



試験時間が始まった頃、

🦒からLINEと写真が届きました。



🦒“この事態において、

🐰は他の誰でもないお母さんからの応援を必要としていたのに、何の声掛けも無かった貴方に失望した”


そう書かれていました。



ショックでした。

元はと言えば私の強い希望で、

勉強嫌いの🐰を巻き添いにしたかのごとく始めた中学受験。


毎日毎日、一言一句読んで説明した日々。


お勉強は思うようには進まなかったけど、

とにかく明るく素直で健気に…

一つ一つ乗り越えて来た日々。


初めて偏差値が50を超えて家族で抱き合った日。


最下位クラスから飛び級でクラスアップした日。


3年間、一度も“塾に行きたくない”と言わずに、

車で送迎した日。


木々や星空を眺めて季節の移ろいを感じ、

歴史クイズで盛り上がった車内でのひと時。



そこにはいつも母である私がいたはずなのに…



なのに、、、

最後の最後に母力を出せなかった自分が不甲斐なくて情けなくて、その事実が不合格以上に響きました。一番大事な時に伴走不可能となったわけですから。



その日、

私は涙を堪えて🐠の大会に向かっていました。


するとまた🦒からのLINE。



そこには、、、

学校内でお昼を食べている🐰と

入試に向かう🐰の後ろ姿が写る2枚の写真に、

🦒の言葉が添えられていました。


“🐰は強いよ!気持ち切り替えて明るく元気に会場に入って行ったよ!!いけると思う!!”


↓詳しくはコチラ。限定記事、すみません。


私はその写真を見て涙が止まらなくなり、

電車を降りました。


私は母親として、

“頑張って”の声掛けすら出来ませんでした。


でも、

🐰は負けても負けても、

泥が付いてもついても、

立ち上がって受験を続けました。


この日。

🐰は午前午後の両校からご縁を頂けました。


母からの声援なくしての受験は

どんな気持ちだったのかと思うと

今でも苦しくてなりません。

ごめんね、長子。



弱い母親と強い息子。


本当に情けなかったな…。

心から悔やんでます。



我が子の受験が上手くいかない時こそ、

親としての資質が試されることを学びました。


🐠の時は強くありたい、

そう心に決めています。


私は0点の振る舞いしか出来ませんでしたが、

小生のブログを読みに立ち寄って下さる方は、

きっときっと上手くメンタルサポートをされる

と信じています。



2026年組の皆様、

親も苦しい時が続きますが、

今日もお子様方は頑張っています。


そして、

明日も明後日もあります。


前へ!←ここの学校も今日が受験日ですね🏉

心からのエールを送ります。