スター2024年9月。
水泳を優先させる為、
大好きだった日能研から早稲アカに
涙の転塾。

スター2025年3月。
苦楽を乗り越えた末、
長年所属した水泳選手コース引退。

スター週4日〜6日の選手コースを経て、
現在は週2回の育成コースで泳ぐ
enjoy swimmer。

スターアンガーマネジメントがとにかく苦手。
少しだけIQの高い凸凹っ子。発達に特性があり過ぎて、普通に勉強する事が何よりも難しい超個性的男子。
アドバイス禁物!伴走禁物!
間違いだらけの完全完璧自走型。


スター断腸の想いで引退した水泳で
得られた“何か”を、
受験勉強、そして人生に生かせることを
切に願う母と子の毎日を綴ります。





息子から晴れ舞台を奪う猛暑野郎


こんにちは☀️



気温が爆上がりしてますね🥵

↓。中2病未感染の🐰、

何本目のペットボトルに突入したのでしょうかアセアセ




🐠もこの暑さで、

2時間目休みも昼休みも校庭遊び禁止令が

出ているようですアセアセ


🐠にとってはあろうことか、

暑過ぎて水泳の授業すら中止チーン

“暑い日は絶好の…‼️”

は、亜熱帯地域では通用しないんですね😭

憎くも愛しい🐠の

唯一の晴れ舞台を奪う猛暑が憎い😤



しかし、

どんなに暑くても放課後遊びは健在無気力

塾出発間際の絶妙のタイミングで帰宅する🐠は、

毎回干上がってます絶望


去年までは水泳の夏合宿で黒焦げになる以外は、

日焼け知らずの🐠。

今年は既にガッツリ焼けております🕶️良き❤️



入塾直後のこと


その塾の話です。

※息子がお世話になっている校舎のお話です。

🐠は2年生4月から、
日能研ユーリカキッズに通い、
(🐠には最高に良かった)

新3年生2月から翌1月まで、
日能研予科教室に通い、
(今思えば、かなり思考的な事やってたなー)

新4年生2月から7月まで、
日能研本科教室に通い、
(在籍は8月末まで)

4年生の夏期講習〜
早稲アカに在籍しております。
(入会は4年生9月)

よって、
早稲アカに通い出して、
来月で丸一年となるわけです。

カリキュラムの進捗差が非常に大きく、
本人の血と涙と汗と発狂
母ちゃんの⭕️⭕️虐待寸前の怒号と熱い声援の下、
何とか今日までやって来られました。

早稲アカ。
世間ではよく、
面倒見の良い塾
と言われていますよね。

塾側もこの文言を
そのまま公言はしていないけれど、
言葉を変えて、
同じ意味の事を謳っていますよね。

紆余曲折ありまして、
やっと早稲アカに転塾を決めた翌日から、
🐠は単元調整と言う名の補習に、
6日間連続で呼ばれました。
去年8月末の事です。

日能研での未修部分を、
校長先生や科目担当の先生方が、
1日2時間〜2時間半、
man-to-manで見て下さいました。
無料でした。

算数の進捗差は同じ学年とは思えない程に
大きく、また日能研では水泳の関係で理社を取っておらず独学でしたので、単元を調整するレベルではないくらい大変な事でした。


途中入塾、
更には一度の組分けテストも受けずして、
※入塾テストは受けました
SSクラスに入れて頂いたので、
その差とその穴を埋める為に、
先生方がかなりお力貸して下さいました。

半年分の遅れをわずか6日間で少しでも!と、
補って下さる…
何て素晴らしい塾なんだ!
面倒見が良い!は本当だったんだ!
と、感謝の気持ちで毎日通わせた夏の日が、
丸で昨日の様です。


しかし、蓋を開けてみると…


6日間連続補習の後.
9月から正式入会となり、
いよいよカリキュラムがスタートしました。

水泳の為、
全く受けられない科目があったのですが、
その分も毎週補習して下さいました。
塾開始30分前に塾に行き、
先生とのman-to-manです。
しかし、6時間授業の日でしたので、
1ヶ月くらいお世話になった後、
補習塾は退塾致しました。
その時の先生の微妙が反応が忘れられません真顔
まぁそりゃそうか。


転塾後も夏期講習から引き続きかなり苦労した🐠。
学習の遅れと平日週4日•土日大会があいまり、
毎日、白目を向いて暮らしました。

大会の為、組分けテストも中々受けられず、
初めて正式に受験したのは11月。
そこには見たこともない偏差値が魂が抜ける※低い意味

続きまして、
12月の組分けテスト
→微々たるアップ。まぁ冴えない冴えない。U60。

1月の組分けテスト
→上に同じ。U60。

なのにですよ⁉️
9月に入塾後からこの年明けにかけて、
梨の礫絶望
SSギリギリを這ってるのに‼️

義務的な回診電話が一度だけありましたが、
中身も内容も特に無し。

“あれ⁉️
日能研と同じで、
こちらからアクション起こさないと、
何もしてくれないの⁉️”

と、転塾前後に感じた面倒見の良さへの心酔は、
一気に冷めました。

あゝ結局は、
転塾を決め兼ねている家庭への営業トーク。

まぁせっかく他所から入ってくれたから、
最初は目をかけておくか!

くらいの面倒見だったんだなぁ…と、
少し肩を落とし、
慣れ親しんだ日能研の教務部の先生方の
顔を想い出す毎日が続きました。

“有望株だったら、
また違ったのかな…”
と、落胆しました。



しかし…
本当の早稲アカの面倒見の真骨頂は、
ここからだったのです。


つづく