みなさんこんばんは。

お久しぶりになりますね、川久保琉聖です。

 

先日の6/3(水)に、大阪の堺筋本町にある聰音(サトネ)さんにて、僕のバンドMFASカルテットの第3回のライブが終了しました。

今回はそこで披露した『遠燈』という作品についての解説をここに残したいと思います。

 

どーしても、こう言う内面的な部分ってSNSじゃ書けないんですよね。

だからブログってありがたい。

日記を書き始めた影響か、ブログを書く頻度がだいぶ少なくなってきてます。

でもやっぱり、文字でしか残せない感情ってたくさんあるので、もっと積極的に使っていきたいですね…

 

さて本題です。

まずこの『遠燈』、エントウと読みます。

意味合いとしては灯台とか、Beaconとか、そういったものに近いです。

遠くの方でぼんやりと見える光ですね。

 

今回はあえてこのタイトルをつけた理由とか意味合いは省いておきます。

ここから話す内容から推測してもらえれば…

多分そんな複雑な話ではないので笑

 

まず『遠燈』は楽曲全体のタイトルで、この中に

 

1.やさしい夜の終わり

2.Nothing asked me to stay

3.Les eaux de l'aube

4.光の水脈

 

の4曲が含まれています。

全て架空の話になりますが、そのストーリーを各章の楽曲に分けたものが今回の作品になります。

ではそれぞれの楽曲について説明したいと思います。

 

1.やさしい夜の終わり

「やさしい夜」というのは、「自分が安心していられる場所」ということです。

そういった場所が終わってしまう。

つまり、自分が心から安心していられる場所を失ってしまうという意味です。

ここではある1人の人間が、自分の基盤となるべき環境を失い、何かしらの安心材料を与えられることがない世の中に放り出されてしまう。

といったものになります。

 

ここでは、暗くて絶望的な場面はもちろんですが、その前にあったであろう安定した明るい場面も重要になってきます。

この2つが同じ曲の中に存在するからことに意味があります。

そういった世界の変化がとても大事なのです。

 

2.Nothing asked me to stay

直訳すると、「私を引き留めるものは何もなかった」

意味としては、「自分の存在を肯定することができずに、簡単に命を投げ出せてしまう状況」ということです。

 

不安定な環境に投げ出された結果、自分の存在や命を少しづつ肯定していけなくなり、簡単に自分を傷つけ、命を投げ出してしまうようになってしまう状況に陥ってしまう。

そこには光も希望もなく、どんどんと暗い世界へ落ちていきます。

頭の中で鳴り続ける声や、自分を死へと追いやろうとする声。

幸せになることを否定したり、自殺や自分自身を傷つけなければ気が済まない…

どう足掻いても、どん底にしか向かうことのできない。そういった状態をイメージしています。

 

3.Les eaux de l'aube

日本語での「暁の水面」という言葉を、フランス語に訳したものです。

絶望的な世界の中にいる人間に、希望の光がさし始めるという状況です。

その希望の光というのは愛です。

誰かから愛をもらう話。

 

絶望の淵に立たされている人間を救うものはなにか。

僕はそれが愛だと思います。

それも、恋愛としての、軽い文化として消費されてしまうものではなく、

人が人を思うやる気持ち、誰かのことを心から信じ、時には辛抱して、その人と向き合うこと。

そういった、ある意味人間の本質的な部分の愛だと思っています。

 

暗く閉ざされた世界に引き込まれた人間に差し伸べられる誰かの手。

さながら地獄に垂らされた蜘蛛の糸のよう。

そこで、愛に触れることが、絶望に身を蝕まれた人間が立ち直れるキッカケになるんじゃないか。

それが必ずしもハッピーエンドで終わるわけではないが、救いの始まりにはなるのかもしれない。

だからまだ、太陽は昇り切ってはいないのです。

 

4.光の水脈

この話の最後になる曲です。

愛を知り生きる未来を持った人間が、自分の愛する人と出会い、自分の人生の核を見つけて生きていく話です。

案外人は1人でも生きていけるもの。

むしろ1人で生きていく術を身につけた方が、多少のことで揺らぐことのない人間になるのではないでしょうか。

でも我々は、やはり社会性動物なので、誰か他人がいないと生きていけないのです。

生きていけないというよりか、誰かがいることで、人生がより輝きを増すのです。

 

深い愛に触れた人間は、その愛を再び見出そうとし、その愛に殉じようとする。

でも愛だけでは世の中回らない。

現実的な、己の核となるものを持ち、生きてゆかねばならない。

 

どちらかが欠けてもいけない。

どちらもが両輪のように作用して、前へ進んでゆく。

死にかけていた人間が、自分の人生を進んでゆく。

そこの先に確実な未来はないが、希望はある。

その希望に向かって、己の心を信じて進んでいく。

 

まるで過去の全てが、ここへ向かうために必要なものであったかのように。

今ある現実が、自分の望む幸せへ向かうための準備であるように。

そこには、美しく、静かに輝くものが、近深く流れている。

 

以上になります。

かなり長い文章になりましたが、最後までお付き合いしていただきありがとうございます。

興味を持たれた方は下記のURLから配信チケットご購入していただけます。

6/17(水)までアーカイブ残りますので、ぜひご覧くださいませ。

できれば感想いただけると、私の励みになります。笑



 

次回のMFASは11/13(金)

だいぶ先ではありますが、こちらもお待ちしております。

それでは!

 

川久保琉聖