私が夫と荻窪で鉢合わせして以降
夫の泊まりの出張は、ぴたりとなくなりました。
ひと月に8回あった出張が
その日以来なし。
ファミレスで夫は言いました。
「もう荻窪には来ないで」
これは今年の流行語大賞まちがいなし!ですが
私「行くよ、泊まるなら」こう言ったからなのか
朝、下の階から夫の咳払いが聞こえると
今日も泊まらなかったのか、と思います。
「
小さい!」( byビデオの持ち主の友達 )
私も、夫がいるかいないか気にならなくなり
なんとなく停滞してしまいました。
〈私〉
生活費を確保
平穏に暮らしている
〈夫〉
私にばれたのを知った
面倒だけれど泊まらず、夜遅く帰宅する
〈モモさん〉
私のことを聞かされていない(多分)
何らかの理由で彼は最近泊まらない
もうすぐ半年、よく言えば安定
これまで夫の悪さを私は流してきたので
いざ行動しようとする気力が足りず
明日にしよっかなー…を繰り返していました。
友達もそっとしておいてくれて
いろんなことを放置してるうちに
本格的な夏になってしまいました。
離婚が面倒なのがうっすらわかりはじめました。
不安や悲しみから逃れたい、という力が
証拠集めの原動力だったのかも。
目障りなのがとりあえず止んで
夫のこと、どうでもよくなったんだと思います。
アパートの動画から写真を切り取るのは
案外しんどい作業でした。
結局オリンピック期間も
何もせずにずるずると過ごしてしまいました。
もしモモさんが転居でもしたら、どうする?
奮起のきっかけとなったのは、義母です。
土曜日の朝出かけるらしい夫と母が話しています。
まずは私のこと。
夫「最近(ビビを)見た?」
義母「見てないよ」
この言われよう…
ところどころ聞こえる内容は
義母「あんた玄関から帰らないで、勝手口からこそこそ何してるの?」
ああやっぱりこそこそしてるんだ、と思いました。
夫「しっ、声が大きい」
義母「大きい?わかった」
また何か話していて
義母「…あんたの奥さんなんだよ?」
このひとことで私の目が覚めました。
8月、東京の新規感染者は3000人を超え
私の仕事は秋にかけて忙しくなるのですが
準備が進まず、指示待ちの耐える日々でした。
感染しないように気をつけていましたが
義母には、ぐずぐず暮らすみじめな嫁に見えるわけです。
最近は話もせず、お勤めして、2階にこもる嫁。
息子に女性がいると感づいていたとしても
大事になるとまでは思っていなくて
『トトがなんとかしてあげなさいよ』って思ってる。
嫁さんの機嫌をとってあげればいいのにって。
私は憐れみを受ける立場でも
可哀想でもないのに。
この状態に甘んじている私がいけないんです。
夫の不倫を黙認、深夜に帰ればほっとして
生活費をくれてありがとう…?
これでいいの?
いいえ。
じゃあ私が動かないと。
夫にはいまの状況を変える気持ちはない。
だから私が動かない限り、このまま。
これは夏休みの宿題。しっかり、進め私。
来年の今すっきりしていようと強く念じました。
パラリンピックが始まる頃
ようやくワクチン1回目の予約がとれました。
そして資料を整えることもできました。
