いいとも悪いとも言いません。

ただ、私たち一般市民は人を撃ち殺せません。

それは銃を持つことが許されていない人間だから。

(いや、許されていても好き勝手じゃいけません。)

だから自分をいじめる人や、人生をめちゃくちゃにした人、

明日のお金ほしさに我々の命を奪う人たち。

そんな人たちに、悔しくても憎くても呪いたいほど恨めしくても

私たちは彼らを撃ち殺せません。(

 

それは私たちが銃を持っていないから…?

持っていたならばそうするのでしょうか。

もしそういう状況になったとして、彼方を引き留める良心はなんでしょう。

正直者としてのためらい?同情という甘さ?殺人はいけないというきれい事?

まさか殺害後の自分の人生について?(まあそこまで冷静ならもうおかしいでしょう。)

 

引き金なんて何でもなり得るでしょう。

計画でなければ大半は感情なんですから。

それを抑えられなかったというのは、耐えられなかったからでしょう。

でもそれは「だから殺していい」にはならないはず。

「被害の内容がひどければ殺していい」ならそりゃ楽です。

わがままでいいんだから。(だって耐えられなかったんだもん…てこと)

 

だから耐えろと言っているのでもなく、

まず「考えて」。

なぜ想像力が足りないのか。

 

「やってしまってから、さぁどうしよう…。」

 

そういう大胆な、やんちゃなこともときには大事です。

大事ですが、想像もできない挑戦などに限るはずです。

 

言っちゃった、壊しちゃった、盗んじゃった、できちゃった、殺しちゃった…

 

言うのは性格も入ってくるので仕方ないでしょう。

とっさに出るものだったりしますから。

経験というのもあるでしょう。

けどあとは考える時間はたくさんあるでしょう。

 

本来、~しちゃったというなら「後悔」が見えるものですが、

最近のは「どうしよう」ではなく、「しょうがないよね」と開き直りに聞こえる。

 

それで責任もとれない。

それはこどもだから。

偉そうな口きいて知識だけ増えて、

やったことには責任を持たない。

これが立派な大人ですか。

 

まぁ、これはニュースになるようなほんの一部の人だと期待してます。

 

 

で、違う、そうではなく、やはり銃を持ったから殺人を

しやすくなったのでしょう。

えー、伝え方が難しい、

銃を持っていなければ、相手を殺しにくい…

…銃ってそんなに魅力的なんですかね。

現実に人を撃ち殺すことがそんなに快感なんですかね。

その人への恨みってその程度なんですかね。

 

 

 

 

80歳。

その年齢で人がなくなったとしましょう。

さて、その人は昨日生まれましたか?

一昨日でしょうか。

もっと。

一年前。

そうじゃないですよね。

80年前。そこからその長い時間生きてきたんです。殺されることなく。

とーーーーっっっっっってもいろんな事があったでしょう。

 

14歳。

その年齢の人がなくなったとしましょう。

生まれは?

14年前。

80年に比べれば大して長くない。

けど明日来年で、14年後が来るわけはないので、

それなりに長い時間生きてきました。死ぬことなく。

いろんな事があったはずでしょう。これから。

 

 

 

わたしは人が死んだとき、殺されたと知ったとき、

その人の時間を遡ってみるんです。

 

大人だって子供だった。

悪人だって嫌な思い出があった。

ママだって「ママ」と呼んでた。

 

亡くなった人にいい人悪い人の区別はないでしょう。

そこで、いままで繋がって続いてきたものが終わるんですから。

 

一人の人間、個体、存在、一生、いままで、想い、記録、繋がり、

人生、その時間が作り上げてきた一人の人…

 

 

何がどれだけ失われたか。わかりますか?

たくさんある中の、でもたった一つ。

…失われることの痛みがわかってない。

形が、空気が、色が、その温度が、流れが全くといっていいほど…。

 

 

あなたの目に映る人は『それ』です。

でもその人の中(或いは後ろ)をみれば、その人の「それまで」があります。

どれだけ詰まっているでしょう。

そこまで繋がってきたものを、そこで絶って何が楽しいですか?

というより、あなたにその同じ存在を作り出せますか?

生きて罪を償ったって同じものは生まれません。

価値の問題じゃないんです。

 

 

 

人は神にはなれません。

人は神を創り「信じる」側です。

人間が生まれた理由さえ、この世界の終わりの終わりの終わりの…

それがいつまで続くかさえ誰も知らないし、まだ答えはありません。

どんなマンガより、映画より、小説より、数奇で波瀾万丈でアイデア豊富で、実に残酷で…

『現実』は一日も休まない究極の作品でしょう。

ただ、いつまで出演読者でいられるかはわからないという爆弾付きですが。

 

そんな世の中です。誰もが不安です。

今日を生きることが辛い人がいると思います。

でも、今を生きることが苦しい人もいるわけです。

それはどっちの方が…ではなく、皆同じなんです。

すべての理を知り、”はじめ”から今まで生きてきた存在はいません。

一人で…、「独り」で生きてきた存在なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気取る人。

人を殺したい人。

つくづく思うのはなぜ皆、他人より先に自分を殺そうとは考えないのでしょうか。

人を殺してみたかったなら自分を先に殺してからでしょう。

勉強もしないで飛び級して哲学者ぶったり、探求者みたいに自分を特別視させようと

するのはかまいませんが、自分の命で証明しましょう。

「人を殺せば神になれる」と思っているんでしょうか。

そんな訳ありません。

そうではないです。(むしろ彼らは、実はどうなるかを知った上で人を殺します。)

つまり殺してみたかったというのは、ただのかっこつけや建前になります。

だって人は殺せても自分を殺す勇気は端からないんだから。