前述のとおり、生ガキにあたって倒れた。
起きているとお腹が痛いので、寝たいのだが、1時間ごとに波が来る。
よって、最初の2日間はウトウトしているか、ぼーっとしているかして過ごしていた。
YouTubeでも観ようかな、と思ったりもしたが、無理だった。
お腹が痛すぎると、携帯を持つのも辛いものなのだ、と初めて知った。
で、倒れた日の夜中、突如として「豊かさ」について思い出したことがあったので、忘れないうちにここに記そうと思う。
豊かさ。
Abundance。
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大阪時代のことだ。
私は中之島のビルに勤めていた。
中之島っていうのは、その名の通り、堂島川と土佐堀川という2本の川に挟まれた真ん中の島だ。
その堂島川の方の河川敷にはホームレスの人が結構いた。
住んでいたのか、ただ居ただけなのかはわからないが、知ってるだけで通常5人くらいは居た。
何を思ったか、私はそのうちの2人に毎朝挨拶をするようになった。
なんでそうしようと思ったのかはもはや覚えていない。
1人は、いつも川の見えるベンチに座って、ラジオを聴いている人。
この人は、「あぁ、純粋すぎて世間からはみ出したんだな」っていう感じの人だった。
昼くらいになるとどこか別の場所に移動するようなのだが(営業に出た際に何度か見かけた)、その際、人とすれ違うときにはサッと横に避けて、邪魔にならないようにしていた。
その動作がまるで「私はあなたたちの邪魔はしません。私を消さないでください」って言ってるようで、なんかちょっと胸が詰まった。
夏の暑い日には、そこら辺でもらった団扇をあげたりした。
彼が熱射病になったら困るからだ。
なんせ、明日も挨拶しないといけないんだから。
もう1人は、川の見えるベンチに横になって、いつも本を読んでいた。
この人は、「あぁ、元社長だな」って感じの人だった。
寝ころびながら、毎日、違う本を読んでいるのだ。
三島由紀夫、アガサクリスティー、世界の雑学…読んでる本はバラバラだった。
でも、毎日本を読んでいる。たまには新聞も。
よく見ると、顔もかっこよく、汚いけどまとまった服装をしていた。
でも、雨の日には2人ともいない。
堂島川のほとりには屋根がないので、雨の日にはほかの場所で朝を過ごすんだろう、きっと。
雨の日にはどこにいるんだろう。
当時、博報堂でめっちゃ働いて、めっちゃ給料をもらって、芸能人にも会って、世間的にはいい暮らしをしていた私は思ったのだ、ホームレスの彼らを見て。
「なんて豊かな生活をしているんだろう」
って。
天気のいい日は、川辺に寝ころびながら本を読む。
キラキラきらめく川を見ながら、ラジオを聴く。
雨の日には、きっと雨のあたらないところで、本を読んだりラジオを聴いたりしてるんだろう。
自分のことは誰も気に留めないから、好きなことができる。
仕事をしてないから、忙しくてやりたいことができない、なんてこともない。
家がないから、どこにだって行ける。
遠くたって歩いて行ける。
だって時間は腐るほどあるんだから。
なんて、自由で豊かなんだろう。
心底そう思ったのだ。
ノロウィルスに冒されながら私は唐突にこのことを思い出した。
そして、突然わかったのだ。
(肚に落ちるときってのは、だいたいそんなものだ)
豊かさってのは、どこにでもあるんだ、きっと。
自由ってのも、どこにでもいつでもあるんだ、きっと。
そう思えば、豊かさもしあわせも見えてくるはずだ、と。
そして、なんか、妙にしあわせな気分になって、世界が愛しくなった。
変わらず、お腹は超絶痛かったけどw
おじさんたち、元気かな。
おわり。