究極の望みは、わたしがわたし自身であること。


このわたしってのは、人間として知覚してるわたしのことではなく、もっと、なんというか根源的なものなのである。


わたしがわたし自身であるとき、自分を含めた周りの全ては愛であるし、自分を含めた周りの全てが愛おしい。
と同時に、わたしの周りには何もない。




この現象世界では、わたしがわたしでないときに怒りやら、不安やら、悲しみやら、怖さやらが出てくる、という仕組みになっている。



その怖さや不安や悲しみや怒りをどんなに見つめたところで、一生なくならない。次々に沸いて出てくる。
(怖さや不安や悲しみや怒りが悪いとか、見つめるなとかそういう次元の話ではない。どうか、早とちりしないでほしい)




なぜなら、その感情は、「ほんとのあなたじゃないですよ」のお知らせだからだ。
本当の自分ならずれたときに、沸いてでてくる。
いくらでも。
際限なく。
ゆえに、そのアプローチに終わりは、ない。




そういう人間的な生き方も悪くないけど、37年もやってると少々飽きる。いや、もう十分だ。
Enough.






そろそろ、次のステージに行こうと思う。







わたし自身で生きる。
条件、状況に左右される今までの思考は今ここで捨てた。






わたしはわたしの世界を創造しているのだ。
常に。もうすでに。







理想の世界は、今ここにある。
わたしがそこに居ればいい。





さぁ、今日も今からの展開にワクワクして眠ろう。






ワクワク、つまり安心して、眠ろう。








Thank you for everything.