長期間、ブログが止まっていた。

 

 

理由はいくつかある。

 

いくつかあるが、最大の理由は「書くことがなくなった」からである。

 

 

 

私は、心の仕組みやら、生きるのが楽になる方法やら、そんなようなことを発信してきたんだけど、なんか、だいたいわかっちゃったらしく、書くことがなくなった。

 

 

 

要は、今、目の前に見えている景色は脳みそが創り出したものであり、実体なはい。

 

 

では、この、あるように見えているものはなんなのか、というと、ただのエネルギー(エネルギーっていう言葉以外に適切な言葉が見当たらない)なのだ、と。

 

 

われわれ人間も居るように見えているが、実体はなくて、ただのエネルギーなのだ、と。

 

 

この現実は、脳みそが創り出した、とても面白いリアリティに溢れたエンターテインメントなのだ、と。

 

 

 

実体がないのだから、必死になる必要もなければ、恐れる必要もなく、なんなら死んでも大丈夫だということがわかったのだ。

 

 

 

必死になることもなく、不足もなく…ってなったら、どうすりゃいいのか?って言うと、

楽しいことだけすればいいのだ。

楽しくないことはしなくていいのだ。

 

 

 

 

そして、上記のようなことは、今では多くの人が発信しているし、私よりもその説明に長けている人もたくさんいるし、説明したい人もたくさんいるだろうから、知りたい人はそういう人たちの発信しているものを読むなり、聞くなり見るなりすればいい、と思ったのだ。

 

 

 

 

なにより、「人間とは?この世の仕組みとは?」という大命題について、私自身が一定の結論を得たことにより、その手のことへの興味と情熱が以前より減ったというのが、ブログを書かなかった理由の大半を占めている。

 

 

 

 

 

じゃあ、なぜ、今また書き出したのか?というと…

 

 

 

 

 

誰のためでもない。

自分のためだ。

 

 

 

自分が考えたことや気づいたことを、何かの形で外に出そうと思ったのだ。

唐突に。

それはもう、唐突に。

 

 

飲み会があるから会社まで送ってくれ、という旦那を送った帰り道に、唐突に思ったのだ。

 

 

 

 

実は、これまでにも何回か、「ブログ書こうかな」と思ったことがあった。

しかし、行動には移さなかった。

 

 

 

まだだ、と思ったのだ。

 

 

 

行動に移すための、「思い」が足りていなかったので、行動に移らなかったのだ。

(その状態で行動に移すと「しんどい」やら「続かない」やらなんかそんなことが起こるのではないかと思う)

 

 

 

なんていうか、そんな感じだ。

ゲージが一杯になるのを待っていた、という感じ。

 

 

 

 

 

ところで、前述のとおり、我々はエネルギー体である。

エネルギー体である、我々の思考もまた、エネルギーである。

エネルギーは常に循環して、動いている。

エネルギーは止まっていられないのだ。

そういう性質のものなのだ。

 

 

湧いたエネルギーは放出したくなる。

純粋に、ただ、それだけである。

 

 

 

 

ゆえに、文字装飾はしない。理由はめんどくさいから。

写真も入れない。理由はめんどくさいから。

ハッシュタグもつけない。理由はめんどくさいから。

ブログの分類もしない。理由はめんどくさいから。

 

 

 

めんどくさいことをやると、エネルギーが滞る。

エネルギーを出すためにやっているのに、エネルギーが滞っては本末転倒である。

 

 

 

ゆえにめんどくさいことはやらない。

 

 

 

 

読者の方には、まったくもって優しくないブログになっておりますが、

よかったら読んでください。

とても面白いと思います。

個人的には。

 

 

よくなかったら、読むのを即座に中止して、私のことは忘れて、おいしい焼肉のことを考えてください。(アイスクリームでも、パンでも、ケーキでもよい)

 

 

 

 

 

ところで、今日の文章が「である」調であるのには理由がある。

 

それは、「龍馬伝」のサントラを聞きながら書いているから。

(龍馬伝=10年くらい前のNHK大河ドラマ。福山雅治が龍馬役で超よかった)

 

 

気分だけ、勝海舟である。

(龍馬伝の勝海舟はみんなの前で話すときは「である」口調なのである)

 

 

 

気分だけ。

 

 

 

 

おわり。