筆が滑る。
長期間、ブログを書かずにいただけでなく、人との接触も極限まで減らしていたために、言いたいことが山ほどある。
ゆえに、筆が滑る。
私が、「筆が滑る」という言葉を最初に目にしたのは、かの浅田次郎先生の希代の名エッセイ『勇気凛々ルリの色』であったと思う。
当時の大学生だった私は、浅田次郎先生が大好きで、新刊が出るたびに当日に買って読んでいたのだ。
どれくらい好きだったか、というと、自分の卒論にまで登場させてしまうくらい好きだった。
私の大学の卒論のタイトルは『浅田次郎作品における「女らしさ」の定義』。
無茶苦茶なタイトルである。
どうしても、卒論に浅田次郎の名前を冠したかったのだ。
余談だが、私は大学でジェンダー論を専攻していた。この卒論は当時刊行されていた浅田次郎先生の著作の中からすべて「女」に関する著述を抜き出し、整理し、過去の日本のジェンダー研究と照らし合わせて、考察をしたものである。
担当教授からもらった言葉は「年表をつけたのがよかったよね」。
苦労して言葉を紡ぎ出してくれた教授の顔を、私は一生忘れないだろう。
なのに、それだけ好きだった、浅田次郎先生の著作を、私は徐々に読まなくなっていった。
いつからだろう。
はっきり、いつから、とは言えないが、今ではどんな本を書いていらっしゃるかすら、知らない。
理由ははっきりしている。
浅田次郎先生が「時代遅れだ」と感じたからである。
当時、kindleをはじめとする電子書籍が広まり始めていた。
その当時、(多分)ペンフレンド協会会長をなさっていた浅田次郎先生は、書籍の電子化に「反対」の立場を取られていたのだ。
態度は毅然としており、戦いも辞さない、というような様子だった。
その様子はまさに「元自衛隊員」のものだった。
反対している様子に、誇りすら感じた。
でもそれを見て、私は冷めたのだ。
あぁ、時代に逆行している、浅田次郎先生は終わった、と。
それはもう、10年以上前の話で、それから全く読んでいなかったのだが、昨今暇に任せて本棚に残してある浅田次郎先生の本を読んでみた。
面白い。
やっぱり絶対面白い。
昔、全文を原稿用紙に写して書いた『蒼穹の昴』を読んだのだが、やっぱり絶対面白い。
内容は、マンガの『キングダム』的な物なのだが、史実を乗っけてあるのでかなり面白い上に、勉強になる。
しかしながら、重い。
初版のハードカバーの本を読んでいたので、手が疲れた。
このままでは腱鞘炎になってしまう。
私はか弱いのだ。
(↑ただの運動不足)
私はこうつぶやいた。
「あ~~~~~kindleがあったらいいのに~~~~~~~でもな~浅田次郎先生、電子化反対派だったからな~きっとkindle化してないだろうなぁ…」
しかし、私は諦めが悪い。
おもむろにAmazonを開き、『蒼穹の昴』と打ち込むと…。
kindleあるやんけ!
浅田次郎先生は時代の趨勢に合わせて「電子書籍でも読んでもらえれば、ま~いっか」派に転向していたのである。
朝令暮改について書いていらっしゃった通り、素晴らしい変わり身である。
やっぱり、浅田次郎先生が大好きだ。
私は、文章を始め、人生全般的に浅田次郎先生の影響を受けている。
彼の文章を読んでみればわかる。
『勇気凛々ルリの色』オススメです。
おわり。